その制服が一番似合うと思いますよ

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在、福岡市にお住まいの主婦Tさん(78歳)は、
若い頃、バスの車掌さんという職業に就きました。

父を病で失い、母と5人姉妹の極貧生活から抜け出したい、
その一心で高校進学をあきらめ、
「いい給料をもらえる」と評判の
バスの車掌さんになったのでした。

以下はTさんの手記による、
当時の思い出話です。


働き始めてから二年半が過ぎたころ、
急激な観光ブームが到来し、
私は車掌からバスガイドに転身することになった。

「発車オーライ」から、
「皆様、あちらに見えますのは…」
のバスガイドになったのである。

新しい仕事にも慣れてきたある日、
私が担当する団体客名を記したステッカーを目にした瞬間、
思わず胸がズキンと痛むのを覚えた。

ステッカーには、
「M高校修学旅行御一行様」と書かれていたのである。

M高校は、私と中学で同級だった
仲間の多くが進学した女子学校で、
かつての友がかなり在学している。

歳月から考えても、乗客はまさしく
彼女たちであるのが分かった。

何という皮肉な巡り合わせかと嘆きながらも、
現実には逆らえないとの思いから、
私は制服にはいつもより丁寧にアイロンを当て、
特にガイドの象徴である白い襟布には
しっかり糊付けをして乗務に就いた。

乗り込んだ同級生たちのセーラー服姿は
何とも眩しかったが、彼女たちはガイド服姿の私に、
歓声を上げて近寄り、
「制服がよく似合う」「大人っぽくなった」
などと口々に屈託のない声をあげ、
異様な雰囲気のまま、バスは走り出した。

「皆様、おはようございます。
 本日ガイドを務めます私は……」

努めて平静を装う私に、
後部座席の同級生たちは腰を浮かせ、
興味津々の視線を送ってきた。

私はオープニングで披露する
「バス旅行の歌」を歌ったが、
この日ばかりは声が上ずっているのが分かった。

やがて休憩地へ着き、
生徒たちが三々五々バスを降りてしまうと、
初老の男性教師が柔和な笑顔で話しかけてきた>>>

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の男性教師はこう話してくれた。

「あなたは中学時代に生徒たちと同級生だったそうですね。
 あの子たちはまだまだ子どものままですが、
 あなたはすっかり自立した社会人になっておいでです。
 とても生徒たちと同年齢とは思えません。
 今日、あなたのバスに乗り合わせたことは、
 生徒たちには、何よりも良い勉強で、
 本当の意味での修学旅行になりました」

そう言って両手で私の手を包むように握りしめた。

柔らかで温かなその感触は、
折に触れ追い求めている亡き父を偲ばせたことから、
私は訴えるような口調で答えた。

「私は一度でいいから皆のように
 セーラー服を着たかったのです」

彼は頭を小さく振り、諭すように言った。

「あなたにはセーラー服姿よりも、
 その制服が一番似合うと思いますよ。
 職業婦人としての凛々しさがみなぎっているのが、
 何よりの証拠です」

その声は慰めではなく、
心からの言葉のように思えた。

あの日から半世紀以上もの歳月が過ぎた。

ガイドの制服姿に自信を持たせてくれた老教師との出会いは、
その後の私の人生に、大きな励みを与えてくれたのである。
 

出典元:PHP特集「口ぐせで人生は決まる!」
PHP大賞作品より

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