青森からトウモロコシとリンゴの贈り物

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森に赴任している息子からの宅配便を開けて、
まだ朝露のかおりのするトウモロコシとリンゴを手にした時、
私は20年前の、もう一つの小包を思い出しました。

その冬、東京に初めての雪が降った夜でした。

カーテンを開け、
道を隔てた小さな公園のほうを見ていた
5歳になったばかりの息子が、
「あの、おじちゃん寒いだろうね」
とひとり言のように言って、しばらく経ってから、
インスタントラーメンの器を持ってきました。

「お湯を入れて持っていってあげる」

「いけません!」
家内は、強い口調で器を取り上げようとしましたが、息子は、
「おじちゃん、こごえ死んじゃうもん」
と、言うことを聞きません。

おじちゃんというのは、去年の秋口から
公園のあずまやに住みついた中年の男のことです。

いつまでも器を離さない息子に、家内はとうとう根負けしたのか、
熱湯を注ぎ、セロハンテープでとめ、
ビニール袋に入れて持たせました。

「横にしないのよ。渡したらすぐ帰るのよ」

真っ赤なヤッケを着て長靴をはいた息子が、
雪の降りしきる灯りのなかを通り、
あずまやの中に入っていくのを
私はじっと窓から見送っていました。

帰ってきた息子は、
「名前を聞いたから教えてあげたよ」
と、とても満足そうでした。

それから間もなく、男の姿は見かけなくなり、
息子もすっかり忘れた様子のまま、季節は秋になっていました。

月曜日の朝のことです。

「こちら〇〇交番の者ですが……」
との電話に、私は一瞬ギクッとなって、
すでに遊びに出かけた息子の身に何かあったのかと、
あわてて受話器を持ちかえました>>>

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宅に、Yちゃんという坊ちゃん、
 いらっしゃいませんか?」

私はますます動転し、
「はい、おりますが、Yに何か……?」
と言う私に、電話の主は続けました。

「そうですか。それはよかった。実はですね、
 そのYちゃんに小包が届いているんです」

「小包?交番にですか?」

ほっとした私に、電話の主はなぜか嬉しそうに話しました。

昨日交番あてに小包が届いたが、
差出人は青森県住人としか書いていない。

中にトウモロコシとリンゴ、
それに一通の封書が入っていた、ということでした。

「『私は、この冬まで〇〇公園の住人でした』
 という書き出しなんです。その男がです。
 もう一度やり直そうと青森に帰った、そのきっかけは、
 Yちゃんという男の子なんだそうです。
 名前は分かっても住所は分からない。
 何とか探して小包を渡してほしいと、そういうことなんです。
 何か心あたりありませんか?」

息子からのトウモロコシとリンゴも、
20年前の味と同じように、
何かほろりとしたものがありました。

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