女房が亡くなっていつの間にか、
10数年が経過してしまった。
親類筋からも縁談を熱心に進められたものの、
なかなかその気になれなかった。
女房が亡くなった時に娘は2歳だった。
まだ物心つかない娘のためにも、
早く後妻をもらったほうが、
うまくいく、その話は理解できた。
しかし、むしろその娘のために、
選ぶ母親を慎重にならざるを得なかった。
不器用ながらも家事と育児と仕事を、
しゃにむにこなしているうち、
あっという間に時間は過ぎ去ってしまった。
娘にほぼ手がかからなくなったここ最近のことだ。
どうも女房の影がチラつくようになってきた。
というより、すぐそばに女房の気配を感じることがある。
昨日のことだった。
居間でソファに座り、
漫然とテレビを見ていたら、
後ろに女房がいる、そんな気配を感じた。
↓Facebookの続きは、こちらからどうぞ↓
ハッとして振り向いたら、
そこには高2になる娘がいた。
あんまり勢いよく振り返ったので、
娘もびっくりした表情だった。
そこで、やっと気づいたのだ。
気配と感じていたのは、匂いだったんだ。
娘の匂いが嫁だった。
シャンプーと洗濯用洗剤とボディクリームが
混ざったような匂い。
匂いにも不思議な作用があるものだ。
匂いが鮮明に記憶を呼び覚ますことがある。
それでつい涙ぐんでしまった。
娘は心配して「大丈夫?」とこっちに来た。
「いや、大丈夫。それよりおまえ、いい匂いするな」
と私。
娘は笑いながら、
「なにいきなり。キモいじゃない。
最近ボディクリーム変えたから、それ?」
それが女房と同じだった。
よく見たらシャンプーも同じだった。
どうしてそれを選んだのか聞いたら、
よく分からないけど、いい匂いでなんだか安心するんだと。
2歳でも母親の匂いは記憶に残ってるんだろうか。
そう思ったらまた目頭が熱くなってきた。
妻をあらためて思い出し、あわれになったこともあるが、
無意識に母親を求めている娘のことが可哀想で
胸に何かがこみあげてきたのだ。
それはママの匂いだよ、
と教えると、娘はちょっとビックリしてから、
微笑みながら「そっか」とだけ言った。
あらためて娘を見つめたら、
最近、確かに女房によく似てきた。
今度、ゆっくりと母親のことを話してやろうと思う。
父と母とが、どんなふうに愛し合い、
君という命が生れた時、ふたりでどんなに喜んだことか、
その幸福感だけは何としても克明に伝えよう。