君の両手を使ってやってほしいことはこれです

008
2007年、公立校の教員採用試験の合格発表の日。

『ついにやった…』とひときわ深い感慨をかみしめた
一人の青年がいた。

それは、日本で初めて両手のない中学校教師が誕生した瞬間だった。

小島裕治さん(28歳)。

彼がここに至るまでの道のりは簡単なものではなかった。

4歳の時、横断歩道を渡る途中、ダンプカーにはねられて意識不明。

気が付いて包帯をとると、自分の両腕がなかった。

その日から彼の生きる闘いが始まった。

両親の励ましに支えられて、努力の末、食器を足で持って食べ、
泳ぐこともできるようになった。

しかし、小学生の頃は「手なし人間」とからかわれたり、
遊具に一緒に乗れなくて親友から『遊んでもおもしろくない』
と突き放されたりした。

悲しかった。

次第に自分を冷めた目で見るようになって、
高校時代には友達を作ろうとも、学校を楽しもうとも考えなかった。

ある日、入部していた国際協力クラブの顧問教諭から、
『殻を破れ、バカになれ』と声をかけられた。

そして、2年生のクリスマス。

留学生を囲む会で、他の部員達がみな尻込みするのを見ていて、
『ハッ』とその言葉が頭によぎった。

彼自身を変えるターニングポイントの瞬間が訪れた>>>

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を決して留学生に歩み寄り、
『Hi! How are you?』と片っ端から声をかけて回った。

「笑いたいやつは笑え。どうとでもなれ」という気持ちだった。

その瞬間、彼の中で未来の扉が音を立てて開き始めた。

大学時代はニュージーランドに留学。

ある日、訪問した小学校で、右足でペンを持って名前を書いた。

一瞬シーンとしたが、次の瞬間、
『信じられない!』という子供達の大歓声が起こった。

この時の経験から、彼は『教師になりたい』
という夢を持つようになった。

そして、教師になるための闘いが始まった。

今まで『前例がない』という理由で、普通学校への入学は渋られ、
アルバイトも断られたが、やはり就職も同じだった。

公立校の教員採用試験には二度挑戦したが不合格とされ、
私立校も軒並み不合格だった。

それでも彼は夢を捨てなかった。

そして、三度目の挑戦で、ついに合格を勝ち取ったのである。

彼は今、愛知県西尾市で
中学校の英語教師として教壇に立っている(2009年時点)。

黒板の前で高いイスに乗って、右足を顔の高さまで上げて、
足の親指と人差し指の間にチョークを挟んで、文字を書いている。

だからこそ彼は、世の中で両手を使った陰惨な事件が起きるたび、
『どうして?』と感じる。

母校の高校で教育実習をしたとき、
最後の授業で、みんなにこう言った。

「両手を開いてごらん」
そして、こみ上げる思いを抑えながら訴えた。

『みんなには両手がある。
 人を傷つけたり、不幸にしたりするためではなく、
 夢を叶えるために使ってほしい』

参考:日経新聞 2009年3月22日付の記事より

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