角さん、なぜコンピュータ付きブルドーザーだったのか

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かれることも、嫌われることも多い田中角栄です。

そんな人だからエピソードにも事欠きません。

なぜ彼が「コンピュータ付きブルドーザー」と呼ばれたのか、そんなお話しです。

桁外れの記憶力と即断即決の判断力、これはコンピュータの部分です。

そして、目の前の壁を物ともしない破壊的な実行力、これはブルドーザーの部分です。

休日の東京・目白の田中邸には、
朝から各界、各層の陳情客が100人単位で列をなしていました。

田中角栄は、一人一人順番に陳情の内容を聞き、
「よし分かった」「それは出来る」「それは出来ない」と
その場で陳情をさばいていきました。

彼が「分かった」と言ったものに関しては100%実行されたといいます。

彼が総理大臣に就任した当時は、小学校しか出ていないのに天下を取ったとして、
「今太閤」と呼ばれました。

大衆からも大きな支持を集めたのです。

しかし、当時の角さんは、人間(大衆)についてこう述べています。

「人間(大衆)は、やっぱり出来損ないだ」

その後に言葉は続きます>>>

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さんの談話はこうです。

「人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。
 その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。

 政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。

 東大を出た頭のいい奴はみんな『あるべき姿』を愛そうとするから、
 現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。

 それではダメなんだ。

 そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、
 その人たちをそのままで愛さなきゃならない。
 そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ」

大衆を愛する角さんでしたが、同時に優秀な官僚からも尊敬と信頼を集めていたのです。

時をさかのぼって、田中角栄、44歳で大蔵大臣に就任した際の、
幹部を前にしての挨拶です。

「私が田中角栄だ。小学校高等科卒業である。
 諸君は日本中の秀才代表であり、財政金融の専門家ぞろいだ。

 私は素人だが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきて、
 いささか仕事のコツを知っている。

 一緒に仕事をするには互いによく知り合うことが大切だ。
 われと思わん者は誰でも遠慮なく大臣室にきてほしい。
 何でも言ってくれ。上司の許可を得る必要はない。

 できることはやる。できないことはやらない。
 しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上。」

そして、大蔵官僚のことをこう評価しています。

「大蔵省の役人というのは優秀です。
 正しいデータさえ入れればちゃんとした結論を出してくる」

大蔵官僚にしてみれば、これまでの大臣は、
国会答弁においても、自分たちの作成した資料(想定問答集)の棒読みでしたから、
舵取りの主導権は自分たちの側にある、という自負がありました。

ところが、角さんは資料を読まない、自分の言葉で答弁します。

官僚たちを青くさせました。

一見、官僚は自分らの作文を無視されたかのように錯覚しますが、
実は、誰よりも資料の読み込みを行っていたのは、田中角栄だったのです。

彼は、寝床についてからも、朝方まで
官僚の作成した資料には全て目を通していたのです。

ある時、角さんの手持ちの資料を見た官僚が、
赤線とかコメントでいっぱいだったのを目にして、胸が熱くなったといいます。

いかに官僚とはいえ、自分の仕事をうのみにする上司と、
自分の仕事を細かによく見てくれる上司を比べたら、
後者を信頼するのは想像に難くありません。

しかも書いた内容と名前をひも付きで覚えている上司だから、
怖くもあり、だけど心酔出来る上司でもあったのです。

繰り返しになりますが、毀誉褒貶の多い「コンピュータ付きブルドーザー」。

細やかな人間性に裏付けられていたのは、間違いないと思います。

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