名前は「安心堂白雪姫」。
「あそこの豆腐は本物だ。おいしい」と口コミで広がり、
大阪の有名な料亭も毎朝、堺まで仕入れに来ます。
宅急便を利用して、お中元やお歳暮に利用する人も激増しています。
工場で大量生産の安い豆腐がスーパーやコンビニに数多く、
町の零細な豆腐屋はどんどん廃業に追い込まれています。
しかし、安心堂白雪姫は生き延びるどころか、
逆に売り上げを伸ばしているのです。
なぜそんな小さな豆腐屋さんが繁盛しているのか・・・・その秘密は?
安心堂の店主・橋本太七さんはある日、
「私の願い」という詩に出会い、
自分の生き方、仕事とは何かを考えました。
これがその詩です。
【私の願い】
一隅を照らす者で
私はありたい
私の受け持つ一隅が
どんなに小さいみじめな
はかないものであっても
わるびれずひるまず
いつもほのかに
照らして行きたい
この詩は、住友グループの中興の祖とされる田中良夫さん(故人)
によるものです。
橋本さんはこの詩に心を打たれ、
その詩を書き出しました。
毎朝4時に起床して豆腐作りを始めるとき、
この詩を朗読して心身を清めています。
私の豆腐作りも、いわば「一隅を照らす」ような仕事だ。
商品単価は安く、翌日には味噌汁の具となって食べられてしまう豆腐だけれど、
田中さんが詠んだように「悪びれず、ひるまず」一生懸命作ろう。
ある時、松下電器産業の本部長から豆腐100丁の注文が舞い込みました。
これには橋本さん、驚きました。
「えっっ、松下さんは今度はお豆腐の事業でも始められるのですか」
との問いに、本部長が答えて言いました>>>
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「いやいや豆腐事業ではありません。
私ども会社の幹部宅でお宅のお豆腐を食べながら、
商売の原点について話し合ってみたいんです。」
事業の規模から言えば、松下電器は安心堂の何千倍という大きさです。
にもかかわらず、安心堂に商売の原点を学ぼうというのです。
橋本さんが一隅を照らそうと心を込めてきた商売が、
ついに大松下に「商売の原点を学ぼう」とまで言わしめたのでした。
橋本さんは金沢市に本社を置く押し寿司専門店「芝寿司」で
15年間工場長をつとめ、商売の基本を、この会社の梶谷社長から学びました。
『お客様のお役に立てば、自分も生かされる、それが商売の基本だ』と。
橋本さんが独立する時、梶谷社長は言いました。
「安心堂を大阪で一番の豆腐屋にしてください。
一番というのは、“一番おいしい豆腐を作る店”ということです。
決して一番儲ける店ということではありません。
原価率だの粗利益率だなどという賢い豆腐屋になるな。
ただおいしい豆腐を作ることに専念する、
バカなような商人であってほしい。
あれもこれも売ると思うな。『当店はうまい豆腐の専門店です』
と胸を張って言える店になれ。挑戦と創意で進め!」
豆腐の命は水と大豆とにがりです。
いまの豆腐の多くは硫酸カルシウムや添加物を使っていますが、
そのような科学薬品は肝臓に蓄積され体に良くありません。
橋本さんは化学薬品は一切使用しない豆腐を作っています。
『一隅を照らす』という言葉は、実は、
比叡山延暦寺を開いた最澄というお坊さんの言葉です。
一つの隅を照らすような歩みを、まず自分がコツコツ続けたときに、
共鳴する人が現れ、私も頑張りたい、
私も真心を傾けて歩みたいと集まってくる。
こうして共鳴する人が次第に増えて、
二人、三人、五人になり一つの灯火が万の灯火になっていく。
そのような教えです。
橋本さんは今朝も4時に起きて
「一隅を照らすもので私はありたい・・・・・」と朗読し、
良い豆腐が出来ますようにと祈っています。