主人が結婚する前に、私を口説くために買ったマーチだった。
「結婚して6年間乗ったのだから、
もうそろそろ新しい車が欲しいね」
と彼は言った。
わたしも別段反対することもなく、
子どもたちにも普通の会話のつもりで話した。
そこで話は終わるはずだった。
確かに普段から、ものにも心があるのだ、
だからものを粗末にしてはならないのだ、と教えてはいた。
だけど、子どもたちが、このマーチに対して
これほど思いを抱いていたとは知らなかった。
私たち夫婦は子どもたちの優しさに心を打たれ、
それを微笑ましく、また誇りにさえ思ったが、
実際今度生まれる三人目の子供のことを考えると、
今の車では小さすぎるのだ。
だから私たちは彼らが傷つかないように
根気よく説得した。
その夜、私は、子どもたちが、
いつまでもその心を持ち続けることを願って床についた。
納車される前の日に、上の子が手紙を持って私の前に座った。
別れゆくマーチのために手紙を書いたのだった。
マーチへ。
いままで いろんなところにつれてってくれてありがとう。
これからも げんきでね。
文字の書けない下の子は、マーチの絵を、
上の子の手紙のさし絵として書き加えていた。
マーチは自動車販売店に下取りされることが決まっていた。
そこのお店の人の迷惑になるかもしれないと思いつつ、
息子たちの手紙をマーチに忍ばせ、わたしたちはマーチを見送った。
それから新しい車が来て、私たち家族は久しぶりに少し遠くまで出かけた。
それから9ヶ月がたったころ、息子たちへある手紙が届いた。
差出人は?>>>
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子どもたちへの手紙、差出人はあの「マーチ」だった。
こんな手紙だった。
あつし ゆうきへ
げんきにしてるかな? ぼくはげんきです。
あつしとゆうきとわかれたあと、ぼくはあたらしいかぞくにであいました。おとうさんとおかあさんとけんたくんのさんにんかぞくです。
けんたくんはまだまだちいさくてあまえんぼうさんです。おおきくなったらけんたくんもあつしやゆうきのように
やさしいこになってほしいな。
いつまでもげんきでね。マーチ
かわりに読んでいたわたしは、
途中で主人に代わってくれといい、
彼もあと少しで涙するところだった。
上の子は、まだたくさん泣いていい年頃なのに、
泣くのを必死にこらえている。
「悲しくないのにね、何で泣いちゃうんだろうね」
一生懸命笑おうとしておかしな顔になっている息子を見て、
私たちも泣きながら笑った。
下の子はよく分かってないみたいだけど、一緒に笑った。
たった一台の車が、
よく出来た夫と優しい息子たちを私に与えてくれた。
そして、けんたくんのおかあさんが
やさしい贈り物を贈ってくれた。
私は今何気ない日常の中で、嬉し涙の味をかみ締めている。