警察官のやさしさに「世の中まだまだ捨てたもんじゃない」

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転手という職業に携わっている人間にとって、交通違反は致命的。

免許停止にでもなれば、生活の危機だ。

それでも、深夜の空いている首都高速を
60キロで走るタクシーなどいないのも事実だし、
都内では違法駐車の車がない道を探すのは至難の業。

「見つからなければ、事故にさえ気をつければ…」
というのは、みんな心の中で思っていることだ。

とはいっても、違反行為自体を正当化しようとは思わないが…。

ある雨の早朝のこと。

ふと反対車線を見ると、
いかにもタクシーを探しているらしい老夫婦が目に入った。

この時間、車庫帰りの車が多くて、
あちら側には全くタクシーが走っていない。

私は思わず速度をゆるめた。

しかし悪いことにここはUターン禁止。

しかも老夫婦の立っているすぐ近くには交番があり、
若い警察官がひとり道路に目を光らせていた。

降りしきる雨の中、夫はどこか具合が悪いのだろう、
立っているのさえ辛そうだ。

そのとき、警察官が私のほうをちらりと見たような気がした。

そして、くるっと後ろを向いて、交番の中に入っていくその瞬間、
私は前後に車がいないのを確認し、ハンドルを目いっぱい右に切った。

車は半回転し、老夫婦の前に止まった。

妻が駆け寄ってきた。

「すみません。ありがとうございます」と、
何度も頭を下げる。

「××病院までお願いします」

「わかりました」と言ったが、目はバックミラーに吸い付けられていた。

すると、先ほどの警察官が小走りで向かってきた。

「汚い手を……」
心の中で舌打ちをしながらも、私は覚悟を決めていた。

規則は規則。

それをもののみごとに破ったのだから>>>

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かし、誓って言えるのは、
「稼ぎ」のために違反をしたのではないということだ。

だが、警察官は私ではなく、老夫婦のほうに駆け寄った。

「おじいちゃん、よかったなあ。タクシーが来て。
 ほら、私につかまって」

そういうと、夫の体を支えるように車に連れてきたのだ。

「ほら、よっこらしょっと」
夫は小刻みに震える体を若い警察官に預けるようにして、
シートに体を横たえた。

老夫婦を車に乗せると、今度は私に向かって、
「いやあ、なかなかタクシー来ないんで、心配してたんだ。
 よろしく頼むね」と言った。

「お巡りさん、すみません。いま……」と言いかけると、
「ほら、早く行ってあげなきゃ」と言って軽くウインクした。

私の心の中はうれしさでいっぱいだった。

「世の中、まだまだ捨てたもんじゃないぞ」

そんな独り言をいいながらニヤニヤしていた。

あの若い警察官は、寒い日の夜勤で
かなり疲れていたかもしれないが、
心の温もりは失っていなかった。

「お父さん、もうすぐ病院ですからね」
と、妻がさかんに夫を励ましている。

あの警察官の好意に応えるために
私がしなければならないことは、
このお客さんを無事病院に送り届けることしかない。

参考本:心に夢灯る タクシー花物語 鈴木八洲伸著(小学館)

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