空手で勇気を得たけど、イジメに使うのは反則

a976
学3年の頃、僕はクラスでイジメられていました。

理由はたぶん「おとなしいから」「無口だから」「弱いから」
だったと思います。

学校には友達がいないし、
毎日イジメられて泣きながら家に帰りました。

怖かったのは、学校にいる時間よりも下校の時でした。

朝は、高学年と列を作って登校したから何もされません。
学校でも先生がいたので、何かあれば先生が助けてくれました。

でも、帰りは誰も助けてくれる人はいません。
いじめっ子達は、下校時、執拗に僕をイジメました。

家まで帰る時は、危険を避けるために、
知らない人の家の庭を横断して帰ったり、
田んぼを渡ったり、色んな逃げ道を探しました。

それでも、見つかってイジメられる。
そんな日々が続きました。

母親はパートに出ていて、5時まで家に帰ってきません。

大きな声を出して泣くと、同じ団地に住む同級生にバレて、
翌日クラスでバカにされます。

だから僕は、いつも年中置きっ放しのコタツに、
頭だけを突っ込んで泣いていました。

母は、僕がイジメに遭ってるだろうことは、
薄々感じてるようでした。

だけど、そのことで、母は学校やイジメっ子の家には行きませんでした。

…というより行けなかったのです。

親父が大変厳しい人だったから。

親父は侍みたいな人で、柔道の有段者でした。
バツイチで、僕が生まれた時には、50歳を過ぎてました。

世間では年取ってからの子は可愛い、というそうですが、
親父は、この上なく厳しく、
僕にとっては、いじめっ子よりも怖い存在でした。

親父は、子供のケンカには、
絶対に大人が入らないように、母に言ってたのです。

ある日、いつものようにイジメられて、
泣いて帰ってきたら、そこに親父がいました。

会社の創立記念日らしく、半日勤務で、
午後から帰ってきてたのです。

親父は、泣いていた僕に向けて、
いきなり平手打ちを飛ばしました。

そして、家の外に放り出し、

「泣かした相手を泣かしてこい!
 さもなくば、帰ってくるな!」
と、ドア越しに怒鳴りつけました。

僕は途方に暮れて外にいると、いじめっ子が通りかかり、
またイジメられてしまいました。

たまたま通りかかった母が助けてくれたのですが、
僕はその日10時まで家に入れてもらえませんでした。

そんなあまりにも情けない僕を見かねて、
母が空手教室を僕に勧めました。

とんでもない、そんな所とても怖い、嫌だ、
と断固として僕は拒否しました。

しばらくして、母は今度は
「ピアノ教室に行こう」と言い出しました。

こちらは面白そうだし、友達もできそうだし、
喜んで母についていきました。

しかし、そこはピアノ教室ではありませんでした。

なんと集会所の空手教室だったのです。

うまく母に嵌められたのでした。

目の前には、筋肉質でヒゲをはやしたおっかなそうな先生がいます。

臆病な僕は、ガタガタ身震いしていました。

空手の先生が、鋭い眼光で僕に声をかけました>>>

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生は、母から僕のことを色々聞いていたようです。

「お前、イジメられたのか?」と聞きました。

僕がうなずくと、

「俺もだ!ガッハッハッ!」と笑い飛ばしました。

「空手をやれば強くなれるから、
 イジメられないぞ」

そう言われたのが今でも特に印象に残っています。

それから、僕はそこに強くなるべく通い始めたわけですが、
先生は、見かけによらず、とても優しい人でした。

怒ったところなんて、少しも見たことがありませんでした。

練習も面白く、当初の予想に反して楽しいものでした。

その空手教室には、同じくらいの子供が結構いましたが、
イジメなんてありませんでした。

当時、学校には友達がいませんでしたが、
空手教室には友達がいたので、結構救われました。

空手を始めて何ヵ月か経ったら、
だんだん、いじめっ子が怖くなくなってきました。

イジメられても走って逃げず、
無視して歩いて帰れるようになっていました。

ある日、最近リアクションの少ない僕のことが面白くないのか、
朝から、近所の同級生10人くらいに囲まれました。

最初は囲んで罵倒されてましたが、
何か気持が少し強くなっているので、
それほど応えませんでした。

やがていじめっ子の一人が、精神的に耐えられなくなったのか、
僕の足を思いっきり蹴ってきました。

この瞬間、なぜか恐怖を超えることができて、逆に
「こいつらを痛めつけてやろう」と決心しました。

というより、キレたという感じでした。

僕は、片っ端から突きと蹴りを入れていきました。

誰も向かってくる者はなく、
みんな散り散りに逃げていきました。

それでも、僕の1年間の思いは晴れず、
逃げるヤツを追いかけて捕まえ、殴りつけました。
足の速いヤツには石をぶつけました。

大変な状態になったのです。

団地内の出来事だったので、
すぐに近所の大人が出てきて僕を取り押さえました。

それでも、泣きながら暴れていたのを覚えています。

その日の夜、僕の家には同級生の親たち、
20人ほどが集まりました。

全員怪我をした同級生の親たちでした。

ひたすら母親は謝っていましたが、
親父は、同級生の親の前で僕を褒めました。

どの親もヒステリックに騒ぎ出しましたが、
親父は自分の半分ほどの年の親たちに対し、
説教を食らわせました。

その騒動は、階段から団地中に響き渡りました。

結局、親父の迫力勝ちなのか、説教に説得力があったのか、
ヒステリックな当初の勢いが治まり、
「お互いに悪かった」ということで話が落ち着きました。

それから学校ではイジメはなくなり、
少しは友達もできて平和な生活が訪れましたが、
あの10人とは立場が逆転していました。

気分がよかったので、
「また殴るぞ」などと脅したりもしました。

軽い冗談でも異常に怖がる奴らを見ると、
気分爽快になりました。

騒動の後、道場に行ったら先生が言いました。

「いじめっ子をやっつけたんだな」

続けて先生が聞きました。

「空手でそいつらやっつけて気持よかったか?」

僕がうなずくと、先生は
「でもな、もうケンカはするなよ」と言いました。

「お前はいじめられて辛かっただろ?痛かっただろ?
 でもここでは友達ができて、楽しかっただろ?
 …どっちがいい?」

僕は「友達がいて楽しい方」と答えました。

「だったらもうケンカも復讐もするなよ。
 お前だったら分かるだろ?
 イジメられると、どんなに悲しい思いをするか。
 どんなに憎まれるか。
 自分と同じ思いを他人にさせたくないだろ?
 友達に憎まれたくないだろ?」

なんか子供心に響くものがあって、
素直にうなずいたら、
先生は笑いながら、固くてゴツゴツした手で
優しく頭をなでてくれました。

それから僕はイジメをすぐにやめて、
かつてのいじめっ子達と友達になりました。

そのうちの一人とは今でも良い友達です。

小学校の記憶なんて、ほとんど残ってませんが、
小3の、この頃のことはなぜかよく覚えています。

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