ロータリーが綺麗に整備されている。
古びた立ち食い蕎麦屋はコンビニに変わっていた。
僕が幼い頃をすごした町。
師走の風が、僕のすぐ横をかすめていった。
この町で、母と妹と弟と四人で暮らした。
母は、近くの病院の掃除婦として働いた。
日勤と夜勤。
小学校から帰って、ちゃぶ台の上を見る。
百円玉が置いてあるときが夜勤だった。
僕は妹と弟と一緒に病院のすぐ近くの駄菓子屋に向かった。
百円玉を握りしめて。
串に刺さった平べったい『花串カステラ』が好きだった。
表は小麦色で、裏はチョコレートのような色。
くじを引いてはずれると、
串には小さなカステラが三つ。
当たればカステラがどんどん大きくなる。
これから朝まで兄弟三人で過ごす。
大きなカステラがあれば、寂しさもまぎれた。
駄菓子屋のおばあちゃんは、僕たちを見ると、
いつもニッコリ笑った。
はずれても、おまけしてくれた。
「しゃあないなあ、ほれ、これ、
もう一本、持っていき」
夕方、ごく稀に、母が駄菓子屋に顔を出した。
「よかったなあ、おばあさんにもう一本、もらえて。
朝まで兄弟仲良うになあ」
青い制服を着た母は、消毒液の匂いがした。
あの駄菓子屋さんは、まだあるだろうか。
先月母が亡くなった。
やっと仕事が軌道に乗ったので、
これから親孝行できると思った矢先だった。
病院はあった。
改築されたのか、ずいぶん立派になっている。
隣には、駐車場。
残っているはずもない。
せっかく来たのだからと、病院の中に入った。
自動ドアが音もなく開く。
受付の奥に売店があった。
のれんが立っていて、そこには、
「昔懐かしい駄菓子屋コーナー」
と書いてあった。
お店にいるおばあさんを見て驚いた。
まさか、あのおばあさんが?>>>
↓Facebookの続きは、こちらからどうぞ↓
似ていた。
僕は思わず声をかけた。
「あの、あなたは……」
その女性はおばあさんの娘だった。
僕が幼い頃、兄弟三人で何度も通ったこと、
おばあさんによくしてもらったことを話すと、
「ああ、母がよう話してました」
と笑った。
そして彼女はこう続けた。
「あんたのお母さんなあ、病院に行く前に、
いっつもウチの店に寄って、こう言いはったんやて。
このあと、ウチの子たち、来ますさかい、よろしゅう頼みます、
何度も何度も、頭下げたんやて。
ほんまに、ええお母さんやったんやなあ」
涙があふれた。
母の消毒液の匂いが、よみがえった。
僕は静かにこう答えた。
「はい、いい母、でした」
出典:PHP特集《口ぐせで人生は決まる》
『あの日の駄菓子』花串カステラ 北阪昌人著(PHP出版)