広島で講演をした時のことです。
講演を終えて控え室に戻ると、中年の婦人がお礼のあいさつに見えました。
この時のテーマは「父から娘へ伝えること」というものでしたが、
婦人は
「つい自分の両親のことを思い出し、涙ぐんでいました」
と、こんな話を聞かせてくださいました。
〈ご婦人の話〉
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私が主人と結婚しようと決心した時、
主人が私の実家の両親にあいさつに来てくれました。
父母は私達の結婚を喜んでくれ、型通りのあいさつが済むと、
父が仏壇から1冊の貯金通帳を取り出してきました。
それは私も知らないものでした。
父は主人と私の前にその貯金通帳を開くと、
「娘のために貯金してきたものです。
わずかですが、ぜひ使ってください」
と主人に言いました。
通帳をのぞくと、金額で84万円入っていました。
びっくりしました。
びっくりしたのは金額ではありません>>>
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びっくりしたのは、1回も出金がなかったことと、
入金欄に小さな数字がずっと並んでいたことです。
その1回の入金額はすべて150円以下でした。
つねに88円とか、120円とか、65円とかでした。
本当にわずかなお金でしたが、
娘の私のために両親が苦労して貯めた貯金通帳でした。
主人は父と母の苦労を察して、
とうとうその貯金通帳を受け取りませんでした。
それから何年か経って、父が亡くなった時のことです。
主人が突然
「あの貯金通帳をもらえないものだろうか。
中身のお金は1円も要らないから」
と言いました。
私も同じ気持ちでしたから、実家に行って通帳を探しましたが、
見つかりませんでした。
帰宅すると、私は主人に
「どうしてあの貯金通帳がほしかったの」
と改めて尋ねました。
すると主人は
「自分たちの子どもの家宝にしたかった。
子どもたちに細かい数字がずっと並んでいる貯金通帳を見せて、
おじいちゃん、おばあちゃんがあなたたちのお母さんである娘のために、
この通帳の数字のように、わずかなお金を少しずつ貯金してきた気持を
子どもたちに知ってほしかった」
と答えました。
すばらしい話に感動した私は、婦人に
「良いお父さん、お母さんに恵まれましたね」
と言いました。
すると、婦人はうれしそうに、
「ええ、世界一のお父さん、お母さんでした」
と言われました。
「しあわせを感じる喜び」林覚乗 著 文芸社より