60代半ばの男性Aさんが、最愛の孫二人にせがまれて、
近くの公園に散歩に出かけました。
Aさんは、公園で知人とばったり会い、
しばらく立ち話になりました。
その間、二人の孫は公園の中の小さな池付近で遊んでいました。
Aさんが知人との話に没頭しているうち、
視野に入っているはずの孫が視界から消えていました。
Aさんは、ハッと立ち上がり、池の方を見ました。
三歳になる孫がうつぶせになって、池に浮かんでいました。
一瞬の出来事でした。
すぐに知人に119番を頼み、
Aさんは孫を池から引き上げました。
すでにびっしょり濡れた体に生気は無く、
何度も名前を呼びながら、冷たい顔をさすりますが
返事はありません。
目は宙を見、呼吸も脈も止まっています。
「孫の死」が今、自分の目の前にあります。
Aさんは、反射的に何のためらいもなく、
人工呼吸と心臓マッサージを始めました。
数ヵ月前にAさんは講習会で、Sさんの指導により、
心肺蘇生法を習っていたのです。
Aさんの人工呼吸と心臓マッサージは、
救急隊が到着するまで続けられました。
救急隊が現場に着いた時、小さな心臓はしっかりと脈打ち、
弱いながらも自分で呼吸をしていました。
Aさんの心肺蘇生法で、三歳の孫の命は救われたのでした。
入院後も「溺水、低酸素脳症、誤嚥性肺炎」など
幾多のハードルがありましたが、
孫は、2週間後、元気いっぱい、何の後遺症もなく
自らの足で退院できました。
半年後、ある会合で、SさんはAさんと顔を合わせました。
Aさんは、自分の名前を言ったきり、
Sさんの手を握り、頭を下げたまま、
肩を小刻みに震わせました>>>
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Aさんの目から大粒の涙がこぼれ落ちます。
そしてこう言いました。
「あの時、孫はもうだめだと思いました。
でも、講習会のことを思い出したら勇気が出て、
あとは無我夢中で蘇生法をやりました。
もし助からなかったら、私も死のうと思いました。
65年生きてきて、こんなに辛かったこと、
生きることのありがたさを感じたことはありません」
Aさんの涙は止まりませんでしたが、
その表情は笑顔に変わっていました。
心臓や呼吸が停止するような緊急事態は
いつどこで発生するのか誰にも分かりません。
だからこそ、一人でも多くの市民に心肺蘇生法を習得し、
現場で実施してもらい、「死の淵」から多くの人を救いたい。
そんな一念で私たち救急隊員は救命講習会を行っているのです。
Sさんはそう述べています。
※とっさの時のために、心肺蘇生法・AEDの手順を動画でご覧ください。
ほんの微差で救える命があるかもしれません。
(動画とSさんとは関係ありません)