高校三年生の時の大学受験。
勉強不足で、自分でも分かっていた。合格するはずもない。
僕が合格発表日に実家を出発しようとしたとき、
「美味しい料理作って待っとるからね」
ばあちゃんは笑顔で声をかけてくれた。
顔中のシワが可愛く見えた。
僕は胸が苦しくなった。
僕には、ばあちゃんの笑顔を受け取る資格がない。
僕は当然のように自分の不合格を確認しに行き、
当然のように実家に戻った。
実家へ戻る途中、帰りたくなくなった。
ばあちゃんに面と向かって言いにくい。
僕は実家に着くと、ドアをそおっと開けた。
ばあちゃんは七十歳にしては異様に耳がよかった。
ドアの音に気づくと、バタバタと足音を立ててやってきた。
「どうやった?」
「あかんかったわ」と言った。
「え~?あらそうなの」
ばあちゃんは、とたんに表情を曇らせた。
「だから最初からあかんて、言うてたやんか!」
僕は思わず怒りがこみあげ、叫んでしまった。
もはやまともにばあちゃんの顔を見ることができなかった。
夕食のとき。ばあちゃんが僕の合格を楽しみにしていたことは、
食卓の上に並べられた料理ですぐに分かった。
僕の大好きなぬか漬けもあった。
僕のせいで”残念会”になってしまった。
両親は「来年また頑張れや」と励ましてくれた。
しかし、ばあちゃんはひどく落ち込んでいる。
まるでばあちゃんが大学に落ちたかのようだ。
笑顔のときは可愛く見えたシワが、一転して年齢を際立たせる。
この表情が僕にとどめを刺した。
もうこんな思いはたくさんだ、心の中でつぶやいた。
浪人生活が始まった。
決意しただけあって勉強がはかどった。
しかし、はかどったのは夏までだった。
僕の体は重圧に負けたのだ。
顔と体中にアトピーが発症してしまう。
服を着替えるだけで、僕の皮がボロボロ落ちる。
床に広がった皮膚の残骸を見ながら思った。
「どうしてこんな目に」
現実逃避で布団から出るのをやめた。
僕は痛みに耐えられないとき、家族に酷い言葉を浴びせた。
「こんな体になったのはみんなのせいだ!なんとかしろ!」
これが唯一のストレス発散方法だった。何がみんなのせいなのか、
理屈に合わない言い分である。
ばあちゃんにさえひどい言葉を浴びせてしまう日々。
何度も自己嫌悪に陥った。
それでもばあちゃんは、一番愛情を注いでくれた。
あるとき、ばあちゃんは白桃をむいて僕に食べさせてくれた。
「ほんまに代わってやりたいわ」
ばあちゃんは、僕の傷だらけの体をさすりながら言った。
ばあちゃんの素手の温もりが僕の体に伝わってくる。
「き、きたないよ」
僕は力ない声で言った。
「何言っとるの。あんたはばあちゃんの初孫よ。大丈夫よ」
このひと言でばあちゃんの深い愛情を悟った。
ばあちゃんにとって、僕は醜く変わり果てようとも初孫だった。
僕と一緒に喜び、僕と一緒に悲しんだりする。
僕の喜怒哀楽を共有することがばあちゃんの生きがいだったのだ。
僕は立ち直り、勉強を再開した。
合格発表日。
僕は昨年とは全く違う心境だった。
落ちても悔いはないという”やりきった感覚”で僕は実家を出発した。
笑顔いっぱいのばあちゃんに見送られながら>>>
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そして、僕は”必要な結果”を受け取ってきた。
僕は公衆電話に向かい、実家に電話した。
「もしもしばあちゃん?合格したよ!」
「え!本当に?よかったね~、よう頑張ったもんね。
気を付けて帰って来て。料理作って待っとるからね!」
ばあちゃんの声は喜びにあふれ、弾んでいた。
僕も喜びに打ち震えながら、受話器を置いた。
夕食は一年越しの祝勝会となった。
予想通り、ばあちゃんの喜びが食卓の上に現れている。
豪勢な肉料理などが並んでいる。
僕にとって、一番のご馳走もあった。
僕は一番初めにその”ご馳走”を箸でつまんだ。
「俺にとって最高のご馳走は、ばあちゃんのぬか漬けやでな」
僕はぬか漬けをご飯とともに頬張る。
ばあちゃんは、嬉しそうに微笑みながら席を立ち、
冷蔵庫から”白桃”を取り出してきた。
「デザートもあるよ」
僕は白桃が見えた瞬間、涙は見せまいと心の中で涙した。
僕のソウルフード……。
ばあちゃんの素手の温もりが伝わった白桃とぬか漬けだ。
ばあちゃんの手の温もりは愛情でいっぱいだ。
僕は実家を離れた今も、ソウルフードと出会うとこう思う。
「家族っていいな!」と。
参考本:ふりかえれば愛だった!涙の実話
(コスモトゥーワン)「ばあちゃんの手の温もり」より