死ぬ前日に、親父が見ていた場面とは・・・

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≪この文章は、おっちゃんの親友の手記です≫

日は、親父の命日でした。およそ二十数年前の今日、親父が死にました。

・・・なんまいだぶ。

子供の頃は、「親父、はよ死ね」と念じ続けてました。

親父が嫌いで嫌いで、いつも横を向いてました。

およそ二十数年前のその日は、不思議な経験をしました。
つくり話ではないんです。

ちょっとここから先、小説風に書きますね。

がんこと言うたかね?」

母は、ボクがそのことを確認しようとしても、もう覚えていない。

ボクは、母が話してくれたその言葉がどうしても忘れられない。

ボクは、出先で取引先との商談中だった。

その出先に、会社から呼び出しの電話がはいった。

営業マンにとっての会社からの呼び出しコールはろくなもんじゃない。

ボクは、客先で遠慮がちに受話器をとり、小声で用件を聞いた。

受話器の向こうからは、最高にろくなもんじゃない用件が伝えられた。

「お父様がお亡くなりになりました。早く帰ってきてください。
 飛行機のチケットはこちらでもう手配しました」

長く病床に伏せっていた父のことを、覚悟はしていた。

心の準備はとっくに出来ていた。

しかし、覚悟していることと、その場で出会い頭にそのことを
聞かされることとの落差はあまりにも大きかった。

ボクの目の前が一瞬で霞んでしまった。

受話器の声は、別の世界からの宣告のように虚ろに響き、
そしてどこか遠くにフェイドアウトして消えていった。

ボクはチケットを受け取り、
いったんはアパートに引き返して旅支度を整えた。

一生に一度のことは、日常の行動を非日常に変えてしまう。

ボクは、なんだかすごく慌てていたのだと思う。

慌てていながら、ついぼんやり沈み込んでしまったり、
ハッと我に帰り、手当たり次第にバッグにモノを詰め込んだり・・・・・・。

詰め込んだモノをよく見ると、
帰郷には関係のない仕事の道具ばっかりだった。

そのことがなんだか悲しかった。

たったひとりしかいない父の死を前にしながら、
無意識のうちに、ボクの体は仕事の日常を忠実になぞっていたのだ。

日常が非日常となり、ボクにとっての時間感覚もまた狂ってしまっていた。

いつの間にか、飛行機の出発の刻限が迫っていたのだ。

あと40分しかない。

 
羽田まで、電車では間に合いそうにない時間だった。

地の利から、タクシーを飛ばせば、辛うじて間に合うかどうか、
切羽詰った刻限だった。

ラッシュにはまれば、確実に出発には間に合わない。

ボクはイチかバチかでタクシーを拾った。

ボクは運転手さんに告げた。

「すみません、羽田まで急いでください。頼みます。
 父が死んだんです。飛行機はあと40分足らずで出ます」

運転手さんは、落ち着いていた。

「わかりました。なんとか頑張りましょう」 

運転手さんの律儀そうな背中に、ボクは切羽詰まった思いを託した。

そうするしかなかった。

しかし、それにしても時間が無い。

ボクはもう心の中の大部分であきらめていた。

もう飛行機には間に合わない。

祈る思い半分、次にどうするかの思い半分、
ボクは目をつぶり下を向いた>>>

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は、環状七号線を大森方向に南下した。

途中、ラッシュが心配される中原街道や国道一号線との交差点も
なんなくやり過ごすことが出来た。

その時間帯には珍しく、車の数が異常に少なく見えた。

信号も不思議に青が続いた。

羽田に向かう国道15号線に入った時には、腕時計はあと20分を示していた。

少し、気が緩んだだボクは、不覚にも父への思いが胸を衝き、
知らず知らずのうちに涙をこぼしていた。

そのことに気づき、ボクは窓外に目を向けるしかなかった。

運転手さんは、ボクの涙をきっと察知していたのだろう。

さりげなくルームミラーをずらしていた。

通常、運転手さんと客との会話は、
ルームミラーで目と目を合わせながら行なうものだ。

敢えて、ボクの気持を察して、
その運転手さんはルームミラーをずらしてくれたのだ。

男には不文律がある。

涙を人には見せたくない。

涙を見せたくないボクの心情を察してくれた運転手さんの背中に、
ボクは感謝の手を合わせた。

運転手さんは、空港ロビーの受付カウンターに
最も近いと思われる車溜まりに、速やかに停車してくれた。

ほんとうは、運転手さんに、
ボクは、もっともっとありがとうを言いたかった。
・・・でももう時間がなかった。

空港の受付カウンターでは、
ボクのことを今かと待つ係員さんが待機していた。

ボクの到着を飛び跳ねるように迎え入れ、
トランシーバーを用いて、機内とのやりとりをしてくれた。

係員さんは、「さぁ、行きましょう」そう言って、
ボクの荷物のひとつを小脇にかかえ、ボクを先導してくれた。

その若い係員の女性は、ほとんどなりふり構わず、
駆け足でボクを促してくれた。

男のボクが息せき切れるほどの駆け足で、先を急いでくれた。

 
そうやって、なんとか奇跡的に飛行機の出発時間に間に合うことが出来たのだ。

父の棺の前で、ボクはただ頭を垂れるだけだった。

父とボクとの無言の対話に、母がポツリと言葉を挟んだ。

「お父さんはゆうべ、寝言であんたの名前ば呼びよんしゃったよ」

「え、なんて?」

「『たかし!急げ、早うせんと、飛行機に乗り遅れるぞ。走れ、走れ!』
 そんなことを寝言で言いよんしゃった」

以上、小説風の実話でした。

親父の魂は、死ぬ一歩手前で、
時空を越えて小生の姿を見届けていたのでしょうか。

それとも単なる偶然なのでしょうか。

残念ながら、母はもうほんとに自分で発した
その言葉を覚えていません。

ひょっとしたら、妄想癖の小生のことだから、
自らでっち上げて自らをだましている虚構なのかもしれません。

でもこのことだけは言えるように思います。

親父は、いつもまっとうな道に乗り遅れる小生に、
最後の言葉として「遅れるな!」
そのことを言いたかったのではないだろうか、
・・・そんな風にも思います。

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