由香ちゃんのご両親は耳が不自由ですが…

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香ちゃんが近所に引っ越してきたのは、
まだ小学校三年生のときでした。

時々、わが家に電話を借りに来るのですが、
いつも両親ではなく、由香ちゃんが来るので、
おかしいなと思っていました。

しばらくして、そのワケが分かりました。

由香ちゃんのご両親は、
耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、
お母様は言葉を発することができません。

親御さんが書いたメモを見ながら、
一生懸命に用件を伝える由香ちゃんの姿を見ていると、
何だか胸が熱くなる思いでした。

今なら携帯電話のメールがありますが、
その時代を生きた聴覚障がいをもつ皆さんは、
さぞ大変だったろうと思います。

由香ちゃんの親孝行ぶりに感動して、
わが家の電話に、ファックス機能をつけたのは、
それから間もなくのことでした。

しかし、当初は明るい笑顔の、
とても可愛い少女だったのに、
ご両親のことで、近所の子供たちにいじめられ、
次第に黙りっ子になっていきました。

そんな由香ちゃんも中学生になるころ、
父親の仕事の都合で、引っ越していきました。

それから10年余りの歳月が流れ、
由香ちゃんが、ある用件でうちを訪れることになりました>>>

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10年余りの歳月で、
由香ちゃんが由香さんになり、
めでたく結婚することになったのです。

その由香さんが、

「おじさんとの約束を果たすことができました。
 ありがとうございます」
と頭を下げながら、
わざわざ招待状を届けに来てくれました。

私は覚えていなかったのですが、
「由香ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。
 だから負けずに頑張ってね」
と、小学校の由香ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。

そのとき「ユビキリゲンマン」をしたので、
どうしても結婚式に出席してほしいと言うのです。

「電話でもよかったのに」
と私が言うと、

「電話では、迷惑ばかりおかけしましたから」
と、由香さんが微笑みました。

その披露宴のことです。

新郎の父親の謝辞を、花嫁の由香さんが手話で通訳するという、
温かな趣向がこらされました。

その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、
お互いの呼吸を合わせながら、
心をひとつにして進みました。

「花嫁、由香さんのご両親は耳が聞こえません。
 お母様は言葉も話せませんが、
 こんなに素晴らしい花嫁さんを育てられました。

 障がいをお持ちのご両親が、
 由香さんをここまで育んでこられたことは、
 並大抵のご苦労ではなかったろうと、深い感銘を覚えます。

 嫁にいただく親として、深く感謝しています。

 由香さんのご両親は、
 『私たちがこんな身体であることが
  申し訳なくてすみません』と申されますが、
 私は若い二人の親として、
 今ここに同じ立場に立たせていただくことを、
 最高の誇りに思います」

新郎の父親の挨拶は、深く確かに心に沁みる、
感動と感激に満ちたものでした。

その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた由香さんの姿こそ、
ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。

花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、
大きな大きな拍手の波が、
いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。

その翌日、新婚旅行先の由香さんから電話が入りました。

「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、
 わが家の約束ごとでした。
 ですから、両親の涙を見たのは初めてでした」

そんな由香さんの言葉を聞いて、再び胸が熱くなりました。

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