本来なら、かわいい子供たちに会う前ですから、
ドキドキワクワクのはずですが、私の場合は…。
実習の一週間前、打ち合わせのために、
受け入れの中学校に行くと、指導教官の先生が困惑した顔で言いました。
「実は、あの学級は問題がありましてね。
入学してから一度も教科書を持ってこない生徒がいるのです。
その上、手が付けられませんでねえ」
「ええっ!?」
ベテランの先生方さえ手を焼く生徒!
それも2年間も教科書を持ってこない!
「甘い顔は絶対しないように。
大丈夫、何かあったら、われわれがついていますから」
(そっ、そんな……何かあってからじゃ遅いのよ!)
かくして、私の実習へのワクワクはみごとに消え去り、
鉛のように重い不安な気持で始まったのでした。
「起りーつ、れい」
いるいる、本当に何も持ってきてないわ。
こっちを珍しそうに見てるじゃないの。髪型、服装、みごと違反ね。
それでもとりあえずは何ごともなく授業が終わり、
控室で小テストの採点をしていると、例のA君の答案が0点!
(当然ね、白紙だもの)
「ん?」
(でも、名前の字がなかなか上手)
私は全員の生徒にそうしたように、
A君の答案にひと言を書き添えました。
「字がとても上手」
当時、自分というものにとても自信が無かった私は、
せめて未来を担う子供たちには、大きな自信を持ってもらいたかったのです。
二週間の実習の中で私は何度、生徒に言葉を書き添えたことでしょう。
「テスト嫌だけど先生の言葉が楽しみ」
「趣味は何ですか?」
「勉強の仕方を教えてください」
日を重ねるごとに子供たちからの言葉も見られるようになりました。
でも、A君の態度はまったく変わりません。
「ああいう子供は、もうひねくれて固まってしまったんだから、
どうしようもないよ」
同じ実習生の言葉に現実の厳しさをひしひし感じました。
やがて、二週間の実習もあっという間に過ぎ、
いよいよ最終日がやってきました。
その日、私は15分ほどの余った時間で生徒に授業の感想を
書いてくれるようお願いしたのです。
すると驚くべきことに、
あのA君がほかの生徒と同じように、
一生懸命に鉛筆を動かし始めるではありませんか。
けれど、
「ああいう子は人の優しさなんかちゃんちゃらおかしいってタイプだよ」
との同じ実習生だった人の言葉が、私の頭に浮かびます。
「あーあ、きっと私のことをめでたいバカなやつ
とでも書いているんだわ」
とすっかりしょげていました。
そして彼の手は、チャイムが鳴っても
鉛筆を動かすのをやめませんでした。
受け取ったときからずっと気になる彼の文を、
実際に開くとなるとなかなか勇気が湧きません。
それに学校では読まないという約束があるので、
目を通したのは、帰宅後遅くなってからのことでした。
書かれていた内容はこうです。
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「せんせは、大学卒業したらほんとのきょうしになるんですか?
だったらひとつ注意があります。
ダメだよ。
オレみたいなヤツいたらもっときびしくすること。
本で殴るもいい。ワルいんだからあたりまえだよ。
せんせはとってもヤサしすぎるよ。
いつもニコニコしてて、だけどやさしいところが
いいせんせいとおもいました。
がんばってください」
読みながら私の手はぶるぶると震えていきました。
ノートを一度もとったことがない子が、
宿題をやってきたことのない子が、
数分間でこの文を書くことはどれほど面倒で大変だったことでしょう。
A君、あれから四年が過ぎようとしています。
もうすぐ19歳になるあなたの目は今、
未来に向かって輝いているでしょうか。
もし自信を失って落ち込んでいるとしたら、私はあなたに向かって言いたい。
「悩みごとがあるたびに、先生は何度もあの手紙を読み返しました。
だってそうすると心がとても元気になれるんですもの。
そんなすごい文章がかけるあなたは、
誰にも負けない力を持っているのよ。
自信を持って未来に向かって自分の夢を描くのよ」と。
参考本:「珠玉編」心に残るいい話(全国新聞連合シニアライフ協議会編)
「A君の手紙」より