その店は、10階建てのビルの地下にありました。
地下には、うちの店しかなくて、階段の途中にセンサーが付いてました。
人が階段を降りてくると、カウンターの中からフラッシュが光って、
お客さんが来たのが分かる仕組みになっていたのです。
でもたまに、フラッシュが光っても、誰も入ってこない、
外を見ても、誰も居ないってことがあって、
変だなと思ってました。
こういう夜の商売をやってると、
非現実なことをまともに考える傾向が多々あります。
僕は寂しがりやの幽霊でも来たのかと、
半分冗談みたいに、ウイスキーのワンショットをカウンターの席に置き、
「ごゆっくり、どうぞ」
などと空席に声をかけてました。
それからは、それがおまじないというか、
ゲンかつぎみたいになりました。
その姿を見せない客が来るたびに、
僕はいつも儀式のように、空席へのワンショットを置くようにしていました。
そのうち、お客さんの間でも、
「おっ、今日も来てるね」
なんて、声をかけてくれる人が増えました。
不思議なものです。
そんな日は、店がすごく忙しい日になったのでした。
姿は見えないけれど、その頃、
「その人」は僕にとって常連さんみたいな感覚でした。
ある年の冬、正月気分ももう抜けかけた1月半ば頃のことです。
朝方まで長いこと飲んだくれた数人のお客さんを送り出し、
さあ、後始末して掃除して、帰ろうかと思ってたところ、
フラッシュが光りました。
こんな明け方に、まだ訪ねてくるお客さんがいたか、と思い、
外を見ても誰もいません。
この後に勃発する出来事により、
僕は頭から冷水をぶちまけられたショックを受けることになります>>>
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フラッシュが光ったのは「あの人」が来たんだな、
と何となく感じました。
でも、この日の僕は、なんだかそのまま朝の空気が吸いたくなり、
階段の上まで昇っていきました。
冬の冷気が心地よく、タバコに火をつけて一服しようとしたところ、
いきなり来たのです。
突然の大地震。
そう、阪神大震災です。
うちのビルは地下と一階部分が完全に崩壊状態です。
ほんの一瞬、あのまま地下にいたら、確実に死んでいるところでした。
人には笑われるかもしれません。
またこの地震で家族を亡くされた方には、申し訳ないとも思います。
でも僕は、本気で思っています。
あの見えない常連さん、「あの人」が僕を助けてくれたのに違いない。
毎度のウイスキー、ワンショットを義理に感じてくれたのか、
あるいは、僕に友情を感じてくれたのか。
ほんの一瞬の偶然が僕に起きたのは、
理屈を超えた「何か」が、僕に作用したからだとしか思えないのです。
僕は、今も違う場所で自分のお店をやっています。
そして、この店のスイングドアが、風もないのに、
ギギィーって揺れたりすると、同じ儀式をやっているんです。
ウイスキーのワンショットをカウンターの隅に置いて、
「ごゆっくり、どうぞ」と。
参考:2chの「ちょっといい話」を下敷きにしています。