マドンナだって下積み時代はありました

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ドンナ19歳のときです。

ミシガン大学のダンス科に奨学生として入学し、
日々ダンスの練習に精進します。

そんなある日、近くの州で年に1回開催される
「アメリカン・ダンス・フェスティバル」に、
憧れの振付師パール・ラングがやって来ることを知ります。

マドンナはそこで自分をアピールすることにしたのです。

「先生のカンパニーではダンサーを募集していませんか?
 もし募集があるのなら、ぜひ私にやらせてください!」

このとき、パール・ラングは、マドンナに対して、
「何て厚かましいというか、図々しいというか」
と感じたといいます。

パールはマドンナにこう返します。

「常時募集はしているけど。ちょっと待って。
 あなたはミシガンにいるんでしょう?
 私はニューヨークにいるのよ」
(ミシガンとニューヨークは、東京~福岡ほどの距離)

それに対してマドンナは即答しました。

「何とかします!」

このときマドンナは、心の中で、
「よし、大学を中退して、ダンスの本場ニューヨークに
 活動拠点を移そう」と決意しました。

しかし、当然お父さんは大反対。

「ダメだ!せっかくの大学の奨学金をムダにするつもりか」
と怒られました。

当然、周囲の皆が大反対の合唱です。

誰に反対されようと、私はやりたいの。

しかし、財布を見たら、
マドンナの全財産はなんとたったの35ドル。

今の日本円に換算しても、4,000円少しです。

19歳の女の子が親許を離れて一人で暮らすのに、
所持金が4,000円とは無茶にもほどがあります。

さすがにお金がなくては生活が出来ません。

でも、マドンナはそんなことであきらめません。

「これからキチンと生活していけるの?」

「お金を稼げる」

「本当に活躍できるの?」

そんな未来の心配は未来に任せればいい。

私は今を生きる!

田舎を後にしたマドンナは長距離バスに乗り込み、
単身ニューヨークに向かいます。

ようやく辿り着いたニューヨークで、
タクシーの運転手をつかまえます。

ニューヨークでのマドンナの第一声はこうでした。

「この街の真ん中で降ろしてちょうだい!」

ニューヨークのど真ん中、
タイムズ・スクエアで降ろされたマドンナは、
スクエアの前に立ち、どえらい宣言をしました。

あまりにも大きすぎる宣言に、
通行人からの失笑を買いました。

その宣言とは、こうでした>>>

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「私はこの街で神よりも有名になる!」

まず、ど真ん中に飛び込み、なりたい自分を宣言する。

そして、自分のハートのど真ん中にあるもので勝負する。

ニューヨークに移り住んだマドンナは、
早速、パール・ラングの開催するダンスセンターの門をたたきます。

お金が無いから、
レッスン以外の時間はひたすらアルバイト。

タイムズ・スクエアにあるドーナツ屋で、
1ドル50セントの時給でウェイトレス。

そしてアルバイト以外の時間は、
いつか来るチャンスに備えてダンスの練習を積む。

お腹が減って、
でも1銭もなくて、
ニューヨークの街をうろついたりもしました。

落ちているマクドナルドの袋には、
必ずフレンチフライの食べ残しが入っている、
なんて教訓を得たりもしたほどです。

こうして約5年間の下積み時代を経て、
マドンナ24歳でついに歌手デビューを果たします。

後のサクセス・ストーリーは皆さんご存じの通りです。

関係者は、マドンナをこう語っています。

「マドンナはスタジオに来るのが誰よりも早かった。
 どんなミュージシャンよりも、
 そのスタジオで働いているエンジニアなんかよりも、
 早くスタジオに入る」

どんなプロフェッショナルたちだって、
最初はみんな、どシロウト。

お金も経験もない。実力もあるわけじゃない。

だから必ず反対される。

持っているのは「思い」だけ。

そこから始まるんですね。

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