手の遅い僕のところで、いつも行列が出来てすみません

a883
の大学生活は、アルバイトで生活費を稼ぐ日々だった。

でもそれだけなら、当時、別に珍しいことではなかった。

ただ僕の場合は障がい者であり、
さすがに障がい者の学生アルバイトは少数派だった。

1歳の時の病気の後遺症で、右腕が全く動かなかった。

何の仕事をするにしても、片腕が動かないことは大きなハンディだった。

大きなパン工場。

ベルト・コンベアーの上に、焼き上がったパンが流れてくる。

それを箱に入れるだけの作業。

出来ると思って行ったが、両手でパンを取るのと比べ、
片手で取るのでは、どう工夫しても半分しかできない。

僕のところで、パンの山ができる。

数時間でクビになった。

高速道路の料金所でのキップ渡し。

車の車種を判断し、ボタンを押して何種類かのキップを出す。

それだけなら普通にできた。

ただその切符を右手で渡せない。

仕方がないので左手で渡す。

やはり倍は時間がかかる。

僕のゲートだけ渋滞してしまった。

半日でクビになった。

何十種類か覚えていない。

いろんなアルバイトをした。

ほとんどが一日か、せいぜい三日くらいでクビになった。

それでも僕は大学を続けたかった。

アルバイトでほとんど講義には出られなくなったが、
勉強は続けたかった。

大学近くの公立図書館でアルバイトした時のことだ。

日曜日の貸し出し業務。

一番利用者が多いのは、やはり日曜日の昼間だ。

僕がカウンターに立つと、利用者を待たせる時間が長くなる。

混んだ時は、職員の方が手伝ってくれたが、
その日は全体に混んでいたのか、僕一人でこなしていた。

待っているおばさん二人がブツブツ言いだした。

「この人、いつも遅いのよね」

「なに手間取っているのかしら」

利用者のほとんどは、僕が右手が不自由なことを知らない。

知らない人が見たら、なんで右手を使わないのか不思議だったろう。

外見で障がい者と分からないのは、ときには不利になる。

そんな声が聞こえてくると、よけいに焦ってくる。

カードを抜き出し、記入して日付印を押す。

数分しかかからない作業が、一時間もかかっているように思われてくる。

並んで待っている人全員が、

「遅い」「遅い」「遅い」

と連呼しているような感じで、
僕は何だかめまいがしてくる思いだった。

その時だった。

つなぎの作業服を着たおじさんが何か言った>>>

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ちゃん、左手だけで器用だなあ。まるで手品を見ているみたいだ。
 よくそんなに速く出来るね」

皮肉な言い方ではなく、本当に感心した、という言い方だった。

並んでいる人たちが、初めて僕が左手しか使っていないこと、
右手が不自由なことが分かったようだ。

一瞬、シーンとなったが、
それからはみんな黙って待ってくれた。

僕が本を渡す時、
「ありがとう」「ごくろうさん」
と声をかけてくれる。

つなぎのおじさんの番が来た。

よく見ると、話したことはないが、いつも文学書、
それも全集ものをよく借りるおじさんだった。

僕が何か言おうかなと思ったら、おじさんの方から、
「これは三日くらいで返しにくるよ。
 次はいよいよ芥川龍之介だ」
と言うと、少し微笑んで、さっさと帰って行った。

「どう忙しい?」

職員の方が手伝いに来てくれた。

「いいえ、大丈夫です」

と大きな声で答えた。

・・・泣き笑いの顔で。

参考本:心があったかくなる本より 【PHP研究所編】

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