自殺を踏みとどまり、死んだつもりで生きた料理人

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川透さんは、料理人、補助スタッフなど
約60名が働く日本料理店の料理長をしています。

名古屋マリオットアソシアホテルの「華雲」という料理店です。

中川さんは若い頃、「一見さんお断り」という有名料亭を渡り歩き、
腕を磨いてきました。

三十歳のとき、尊敬する料理人だったお父さんとともに、
故郷の鳥羽で親子二人のお店を開店しました。

しかし、お二人とも腕は抜群に冴えわたる料理人だったのですが、
経営を切り盛りするふところ勘定ができませんでした。

原価割れの料理の数々。

当然、安くて旨い、という評判が立つのですが、
客足が増えるほど赤字が大きくなるという有様でした。

たちまちにして、お店をたたまなくてはいけない事態に陥りました。

お店をたたんで、3ヶ月ほどはボーッとして暮らしていました。

現実逃避でした。

お店を失敗した。家には10円の金もない。借金が山ほどある。

中川さんは、ある晩、悶々として思いつめ、
そしてある結論に行きつきました。

「自殺して保険金で借金をゼロにしよう」

家族にご飯を食べさせてやるにはこれしかないと、
死を決意したのでした。

いつしか時計は午前6時を指していました。

…その時でした。

偶然にも、何気なく点けたテレビの画面が目に飛び込んで来たのです。

東京で会社を共同経営していた三人の社長が、
同時に別々のホテルで自殺したというニュースでした。

そのうちの一人の社長さんの奥さんのインタビューが流れました。

「借金が無くなるより、あの人に生きていてもらった方が楽やった」
と泣いていました。

中川さんは、ハッとして我に返りました。

「何やってるんや、俺は」。

画面を見て、悪夢から目が覚めたのでした。

「俺は料理の腕は一流になったが、
 自分のことしか考えていなかった」

修業時代を含めて15年間の出来事が走馬灯のように蘇りました。

どの場面でも、「こうしたい」「ああしたい」と、
自分のことばかり。

一つひとつの出来事を振り返り、猛省したといいます。

ふと気づくと、日は高くなり家を出て街を彷徨っていました。

駅前の通りに差し掛かったところで、
「何してるんや」と馴染み客だった会社の社長に声を掛けられました。

事情を話すと、その足で知り合いの居酒屋に連れて行かれ、
働かせてもらえることになりました。

このとき、中川さんは、あることを強く心に決めました。

そのことが中川さんの
その後の方向を明確に照らしてくれたのです>>>

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川さんが強く心に決めたこと、それは、

「今日から10年、自分から進んで冷や飯を食うたろう」
ということでした。

今まで自分のことばかり考えていた。

だから失敗したのだ。

それなら、これからは正反対の生き方をしよう。

もし10年間「人のため」にだけ生きて、
それでもダメならそのとき死ねばいい。

中川さんは、その後、請われるままにあちこちの居酒屋で働きました。

「一流の懐石料理を作る人が、悔しくなかったですか?」
と聞かれると、サラリと答えました。

小さなプライドを捨てるには、大きなプライドがいるんです

有名料理店でばかり働いていて、
自分がこだわっていた物の小ささに気づいたのだといいます。

放浪にも似た10年間のうちに、
何度も中川さんをピンチが襲いました。

自分が料理長をしていた店が倒産の危機に陥り、
急に辞めなくてはならなくなったり。

そんな時、自分を慕ってついて来てくれた弟子やスタッフの
明日の生活の面倒まで見てきたそうです。

ときに「私だけクビにしてください。
その代り皆の給料だけは支払ってください」と社長に頼んだり。

ときに何人もの板場の働き口を探すために奔走したりと。
 
「自分のことは捨て置き、人のために生きよう」という生き方が、
人と人との「絆」を生み出しました。

それを学び、培ったのは「冷や飯を食っていた」
10年間だったのです。

身を粉にして働き、ちょうど10年が経ったある日のこと。

大阪修業時代のおやっさんからの縁で、
現在の「華雲」に勤めることになります。

この大きな舞台で、中川さんの才は開花します。

「冷や飯食い」の10年間で、
人望とリーダーシップが培われていたのです。

トップからはもちろん、スタッフからも信頼を得て、
ほどなく料理長に就任しました。

中川さんの料理についての魂とは、こうです。

「料理とは、人づくりだと思っています。
 人を育てること、人との絆を作ることの大切さです。
 誰にでも美味しい料理はできます。
 美味しい料理を作れる人は無数にいます。
 しかし、そんな人でも、このホテルのように、
 一度に大勢の人のために美味しい料理を作ることはできません。
 
 自分の考えを以心伝心で汲み取り、
 作ってくれるスタッフが必要になります。
 だから、大切なのは人づくりなのです」

参考:PHP特集「ヒューマン・ドキュメント」
「料理を作る前に、人を作る」を下敷きにしています。

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