今から十数年前、東京にいた頃、12月も半ば過ぎたころの話です。
私は体調をこわし、週ニ回、中野坂上の病院に通院していました。
その日は今にも降り出しそうな空で、とても寒い日でした。
昼近くになって、病院の診察を終え、
バス停からいつものようにバスに乗りました。
バスは座る席はなく、
私は、前方の乗降口の反対側に立っていました。
社内は暖房が効いていて、外の寒さを忘れるほどでした。
間もなくバスは東京医科大学前に着き、
そこでは、たぶん病院からの帰りでしょう、
どっと多くの人が乗り込み、あっという間に満員になってしまいました。
立ち並ぶ人の熱気と暖房とで、
先ほどの心地よさは一度になくなってしまいました。
バスが静かに走りだしたとき、
後方から赤ちゃんの火のついたような鳴き声が聞こえてきました。
私には見えませんでしたが、ギュウギュウ詰めの車内です。
車内の熱気と暖房とで、小さな赤ちゃんにとっては、
苦しくて苦しくて、泣く以外に方法がなかったのだと思えました。
泣き叫ぶ赤ちゃんを乗せて、バスは新宿に向かい走行しました。
バスが次のバス停に着いた時、何人かが降り始めました。
最後の人が降りるとき、後方から、
「待って下さい、降ります」
と若い女の人の声が聞こえました。
その人は、立っている人の間をかき分けるように、前の方に進んできます。
その時、私は、赤ちゃんの泣き声がだんだん近づいてくることで、
降りたいという女性は、泣いた赤ちゃんを抱いているお母さんだな、
と分かりました。
そのお母さんが運転手さんの横まで行き、
お金を払おうとすると、運転手さんは、
「目的地はどこまでですか?」と聞いています。
その女性は、気の毒そうに小さな声で、
「新宿駅まで行きたいのですが、子供が泣くので、ここで降ります」
と答えました。
その後、運転手さんの、この母子に対する処置に、
乗客全員が納得し、安心しました>>>
↓Facebookの続きは、こちらからどうぞ↓
運転手さんは、
「ここから新宿駅まで歩いて行くのは大変です。
目的地まで乗っていって下さい」
と、その女性に話しました。
そして、急にマイクのスイッチを入れたかと思うと、こうアナウンスしました。
「皆さん、
こちらの若いお母さんは、新宿まで行くのですが、赤ちゃんが泣いて、
皆さんにご迷惑がかかるので、ここで降りると仰っています。
子供は、小さい時は泣きます。
赤ちゃんは泣くのが仕事です。
どうぞ皆さん、少しの時間、赤ちゃんとお母さんを一緒に乗せて行って下さい。
どうかお願いします」
私はどうしていいか分かりませんでした。
たぶん、皆もそうだったと思います。
ほんの数秒かが過ぎた時、
一人の人が拍手をしました。
そして、その拍手につられて、バスの乗客全員が拍手しました。
それが返事となったのです。
若いお母さんは、何度も何度も頭を下げていました。
今でも、この光景を思い出すと、目頭が熱くなり、ジーンときます。
私のとても大切な、心にしみる思い出です。