黒柳徹子さんの募金活動はまだまだ続く

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ルチタレントであり、多彩な才能を誰からも認められる黒柳徹子さんです。

数年前の紅白歌合戦には、歴代最年長の総合司会者に選ばれました。

1958年(61年前)には、最年少司会者として選ばれた黒柳さんでした。

最年少と最年長のレコードを保持することになりました。

何かとレコードに事欠かない黒柳さんですが、
45年続けている番組『徹子の部屋』は、なんと1万1千回を超えています。

ギネス記録も塗り替えている番組です。

スゴイことです。

生のスタイルにこだわっている黒柳さんは、
この番組の編集を一切行っていないそうです。

この1.1万回のうち、出演者の欠席は一度も無し、ご自身の病欠なども一切無し。

既にギネスには掲載されている記録ですが、結果としての記録よりも、
その内容やプロセスを高く評価したい感じですね♪

そんな黒柳さん、社会貢献では、
特にユニセフ親善大使として精力的に活動されています。

黒柳さんは、個人の裁量で募金活動を行っていますが、

彼女のもとに寄せられた募金総額は、
何と58億円(2018年現在)だと言われています。

募金を集めるには、ほんとは宣伝費や人件費など多くの費用が伴います。

ところが、黒柳さんの場合、寄せられた募金には1円も手を付けず、

つまり、事務費用などの経費として、募金の一部を一切使うことなく、
100%の募金をそのままユニセフ本部に送っています。

集まった善意の100%をそのままお届けしたいからだそうです。

ユニセフには、日本政府からも「政府拠出金」という形で送金が為されています。

1997年のことでした。

ユニセフへの政府拠出金が削られそうになった時、
黒柳さんは、親善大使として、自ら新聞の投書欄に投稿しました。

「ODAで日本の方が支払う1万円の税金のうち、ユニセフへいくのがその時30円。
 それがどんどんどんどん減らされてるんです。
 一人が、世界の死にそうな子供たちのために、
 30円の寄付をためらうことはないはずです」

黒柳さんの新聞への投書を見たある政治家が、

唐突に直接電話をかけてきました>>>

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る政治家とは、小渕恵三氏でした。当時は外務大臣。

そのころから、誰にでも突然電話する「ブッチフォン」は活発だったのでしょうね。

小渕大臣、「今日予算のことなんで、ユニセフのために頑張るからね」
と話したそうです。

そして、黒柳さんの尽力もあって、
その年はユニセフの政府拠出金は削られませんでした。

(2019年現在は、その当時からの比較でかなり削減されている模様です)

黒柳さんが訪れる地域は、かんばつ・内戦・殺戮・地雷の危険もある場所です。

何故、そこまでして行くのでしょうか?

怖いとか、ためらうとかの気持ちはないのでしょうか?との質問に、

「ユニセフ親善大使として少しでも皆様に知ってもらう。
(だから)あまり大変と思わない。何かあったら、その時はその時でね。
 戦争を通してきた人間って、そういう所がありますよ。

 だって、いつ死ぬか分からなかったんですから、小学生の時から。
 飢えたことも、親のいない寂しさも(疎開経験で)分かり合えますから」
と答えています。

ところで、黒柳さんがそもそも女優を志望した動機は、

「母親になった時に子供に絵本を読み聞かせられるようになりたかったから」

だそうです。

残念ながら、母親にはなれなかった黒柳さんです。

それでも、生物学上の母でなくても、社会的な大きい母になった黒柳さん、
案外、母親になりたかった気持を、こちらに注ぎ込まれたのかもしれませんね。

ちなみに、ユニセフ親善大使としての黒柳さんへの年間報酬は1ドルだそうです。

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