人が本当に感動したときの言葉、ありがとう、ありがとう…

b012
一人のお母さんから、とても大切なことを
教えられた経験があります。

そのお宅の最初に生まれた男の子は、
高熱を出し、知的障害を起こしました。

次に生まれた弟が二歳のときです。

ようやく口がきけるようになったその弟が、
お兄ちゃんに向かって、こう言いました。

「お兄ちゃんなんてバカじゃないか」

お母さんは、ハッとしました。

それだけは言ってほしくなかった言葉だったからです。

その時、お母さんは、いったん弟を叱ろうと考えましたが、
思い直しました。

弟にお兄ちゃんをいたわる気持が芽生え、
育ってくるまで長い時間がかかるだろうけど、
それまで待ってみよう。

その日から、お母さんは、弟が兄に向かって言った言葉を
自分が耳にした限り、毎日、克明にノートにつけていきました。

そして、一年経ち、二年経ち・・・

しかし、相変わらず弟は、
「お兄ちゃんのバカ」という言葉を止めません。

お母さんは、何べんも諦めかけ、
叱って、無理やり弟の態度を改めさせようかとも考えました。

それでも、お母さんは、もう少し、もう少し・・・と、
根気よくノートをつけ続けました。

弟が幼稚園に入った年の七夕の日、
偶然、近所の子供や親戚の人たちが家に集まりました。

人があまりたくさん来たために、
興奮したのか、お兄ちゃんがみんなの頭を
ボカボカとぶち始めました。

みんなは「やめなさい」と言いたかったのですが、
そういう子であることを知っていましたから、
言い出しかねていました。

その時、弟が飛び出してきて、
お兄ちゃんに向かって言いました。

お兄ちゃん、ぶつなら僕だけぶってちょうだい。
 僕、痛いって言わないよ

お母さんは長いこと、その言葉を待っていたのです。

その晩、お母さんはノートに書きました。

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、
 ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・

ほとんど無意識のうちに、ノートの終わりのページまで、
鉛筆でぎっしり「ありがとう」を書き連ねました。

人間が本当に感動したときの言葉とは、
こういうものなのでしょう。

やがて弟は、小学校に入学しました。

入学式の日、教室で初めて席が決められました。

ところが、弟の隣の席に、
小児マヒで左腕が不自由な子が座りました。

お母さんの心は動揺しました。

家ではお兄ちゃん、学校ではこの友だちでは、
幼い子に精神的負担が大きすぎるのではないか、
そう思ったからです。

その夜、ご主人と朝まで相談しました。

家を引っ越そうか、
弟を転校させようか、そんなことまで考えたそうです。

結局、しばらく様子を見てから決めよう、
ということになりました。

学校で最初の体育の様子を見てから決めよう、
ということになりました。

学校で、その最初の体育の時間のことでした。

受け持ちの先生は、手の不自由な子が
体操着に着替えるのを放っておきました。

手伝うのは簡単ですが、それより、
一人でやらせた方が、その子のためになると考えたからです。

その子は、生まれて初めて、
やっと右手だけで体操着に着替えました。

しかしその時、体育の時間は、
すでに30分も過ぎていました。

二度目の体育の時間のときも、
先生は放っておきました。

すると、この前は30分もかかったのに、
この日は、わずかな休み時間の間にちゃんと着替えて、
校庭にみんなと一緒に並んでいたのです。

どうしたのかなと思い、次の体育の時間の前、
先生は柱の陰から、そっと、その子の様子をうかがいました。

するとそこで、先生は教室の中に
驚くべき光景を目にしたのです>>>

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生が目にした光景です。

前の時間が終わるや、あの弟が、
まず自分の服を大急ぎで着替えてから、
手の不自由な隣の席の子の着替えを手伝い始めたのです。

手が動かない子に体操着の袖を通してやるのは、
お母さんでもけっこう難しいものです。

それを、小学校に入ったばかりの子が、
一生懸命手伝ってやって、
二人ともちゃんと着替えてから、
そろって校庭に駈け出していったのです。

その時、先生は、よほどこの弟を褒めてやろうと思いました。

しかし、そっと見守るだけにしておきました。

こんな時、褒めてあげることで、却って
弟の自発性を損なう結果になると考えたからです。

それで、心を鬼にして黙っていました。

それからもずっと、手の不自由な子が
体育の時間に遅れたことはありませんでした。

そして、偶然ながら、また七夕の日の出来事です。

授業参観をかねた初めての父母会が開かれました。

それより前、先生は子供たちに、短冊に願いごとを書かせ、
教室に持ち込んだ笹に下げさせておきました。

それをお母さんが集まったところで、
先生は一枚一枚、読んでいきました。

「おもちゃがほしい」
「おこづかいをもっとほしい」
「じてんしゃをかってほしい」・・・

そんないかにも子供らしい願いごとが続きます。

それを先生は、ずっと読んでいくうちに、
こんな言葉に出会いました。

かみさま、ぼくのとなりの子のうでを、
 はやくなおしてあげてくださいね

言うまでもなく、あの弟が書いたものでした。

先生は、その一途な願いごとを読むと、
もう我慢が出来なくなって、
体育の時間のことを、お母さんたちに
話して聞かせました。

小児マヒの子のお母さんは、
わが子が教室でどんなに不自由しているだろうと思うと、
気が引けて、教室に入ることも出来ず、
廊下からそっと中の様子をうかがっていました。

しかし、先生のその話を聞いたとたん、
廊下から教室に飛び込んできて、
床に座り込みました。

そして、この弟の首にしがみつき、涙を流して言いました。

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう
 ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・

その声は、いつまでも教室中に響いていました。

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