堀田力(ほったつとむ)さんという穏やかで
優しい語り口の方がいらっしゃいます。
この人は、実は特捜部検事として「ロッキード事件」を担当し、
起訴後に公判検事として、散々田中角栄氏を追い詰めた人です。
その後は、法務大臣官房長や最高検検事など、
すごいキャリアを経てきた人です。
田中角栄氏とリアルで接触してきた人たちが少なくなってきましたが、
中でもこの堀田さんは、田中角栄の敵対者として、
よく彼の実像を捉えた一人だと言えるでしょう。
堀田さんが、田中角栄氏の一面を述懐しています。
政治家、エリート官僚から、地元のおばちゃんたちまで、
あらゆる人たちが田中角栄に心を奪われた。
田中さんは権力者であったけれども、
支配的、命令的な力以外の人間的魅力があったところが特徴でした。
学歴のなかった田中さんに
どうしてエリート官僚たちがひきつけられたのか。
官僚は、基本のところで日本を良くしたい、いい社会にしたい、
という気持ちを心のどこかに持っているんですね。
田中さんはまさにそれを第一に考えていた政治家でした。
それは特に優秀な官僚にとっては、強烈な魅力になるんですね。
金権政治と批判はされましたが、
田中さんが国民の安全と幸せを
第一に考えていたことは確かだと思う。
だからこそ、官僚は田中さんを信頼したのだと思います。
田中さんの優れていた点は、官僚の論理を学んで、
政治の論理だけで官僚をコントロールしようとしなかったところです。
そのために田中さんは実に良く勉強していました。
官僚が法案をどう作っているか、熟知していましたね。
それから、地元のおばあちゃんに接する態度と、
官僚に接する態度が同じだった。
偉ぶることはなかったですね。
官僚の名前をきちんとよく覚えていました。
これも政治家としては珍しいんですよ。
操縦テクニックの側面もあったと思いますが、
それでも「お前の仕事はよく分かっているぞ」
と認められれば嬉しいですからね。
相手のことを大切にする、人の心が分かる政治家でした。
私は田中さんを最も怒らせた検事だったと思いますが、
なかでも田中さんに最大級の怒りを買ったことが二度ありました。
堀田さんが田中角栄を怒らせたこと、
それはどんなことだったのでしょうか?
その怒りの様子も、直接ご本人の言葉には
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田中角栄を怒らせたこと・・・。
ひとつは、他ならぬ田中角栄被告本人を尋問したいと言ったとき。
私たちからすれば「応じるべきだ」という普通の感覚でしたが、
このときも顔から血が飛び出すのではないかというくらい、
凄まじい形相で睨みつけられました。
「このチンピラ検事が。オレに尋問するというのか」
田中さんの、その体中から発散する殺気をもし目の当たりにしたら、
陣笠議員など震えあがってひれ伏すことがよく分かります。
それくらいの迫力でした。
もう一度は、田中さんの妻であるはなさんの供述を求めたときです。
段ボール箱が自宅に運び込まれた。
そのことを立証するためでしたが、
あのときは過去に見たこともないほどの怒り方をしましたね。
やはり、家族を大切にする、人を大切にする情愛のある人でしたから、
自分はともかく、家族にまで手を突っ込むかと。
怒るだろうとは思っていましたが、ここまでとは思っていませんでしたね。
あのときの表情は今でも忘れられません。
今振り返って思うのは、お金をばらまかなくとも、
田中さんは十分に魅力的な人だったということです。
「金権政治」に手を染めなくても、求心力はあったのです。
私はあのロッキード事件で田中さんを起訴したとき、
やることはやったというほっとした気持ちと、
何とも言えない虚無感がありました。
少なくともそこには喜びはまったくありませんでしたね。
これがなければ、日本のために、
田中さんはもっといろいろ力を出すことが出来たのではないか。
私は本当にそう思っていました。
しかし、私も検事ですから、法律違反の疑いがある以上、
見逃すわけにはいかない。
「金権政治」に警鐘を鳴らす使命があると信じてやりましたが、
あの日中国交回復を成し遂げた大政治家を起訴しなければならなかったのは、
まさに「残念」としか言いようのないことでした。
田中角栄という政治家は、あの時代に出現した時代の産物ではあったけれども、
時代を超えた大切な「人間のあり方」を教えてくれていると、
私は思っています。