オレンジ色のチューリップ

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年ほど前の今頃、私は花屋に勤めていました。

毎日エプロンをつけて、店先に立っていました。

ある日、小学校1年生くらいの女の子が、
ひとりで花を買いに来ました。

淡いベージュのセーターに、ピンクの
チェックのスカート。

肩のあたりで切り揃えた髪が、
動くたびに揺れて愛らしい。

フラワーキーパーの前に立ち止まり、
真剣な面持ちで花を選んでいます。

母の日でもないし、クリスマスでもないし、
何のプレゼントかなぁと思って、
しばらく様子を見ていました。

あっちを見たりこっちを見たり、
あまりにも一生懸命で、
なかなか決まらない様子だったので、
声をかけてみました。

「誰かにプレゼントするの?お誕生日?」

少女は首を横に振りました。

「お母さんにあげる」と言いました。

「お母さん、お花が好きなん?」と聞くと、

今度は首を縦に振ります。

こんなおっさんが相手したら、
緊張して言葉にならないかなと思って、
ニコニコ笑顔を頑張ってみました。

しかし、少女の口から思いがけない言葉を聞いて、
胸がつまりました。

「パパが死んじゃったの。
 ママ元気ないの。
 だからお花あげるの」

そんな言葉を口にしながら、
一生懸命お花を選んでいます。

私は、泣きたい気持ちで爆発しそうになりました。

「そっかぁ。。。お母さん、きっと喜ぶねぇ」

笑顔を頑張れなくなってきました。

それから色々話を聞いてみると、

つい最近、お父さんが亡くなったこと、

お母さんが時々泣いているのを見かけること、

おばあちゃんに、お母さんがどうしたら
元気になるか聞いたら、お花がいいよって
教えてもらったこと、
などが分かりました。

私は、レジの後ろへ駈け込んで、
しゃがみこんで急いで涙を拭いて、
パンッパンッと頬っぺたを叩いて、
気合を入れなおしました。

「どれにしよっか?
 お母さん、何が好きかなぁ?」

「これがいい」

指の先にはチューリップ。

鮮やかな明るいオレンジ色。

「うん、チューリップかわいいね。
 じゃあ、リボンつけるから、ちょっと待ってて」

女の子はおとなしくじっと見ています。

「お母さん、早く元気になるといいね」

「うん」

出来上がった花束を大事そうに抱えて、
ニッコリ笑ってくれました。

「ありがとう」

「気をつけてね。バイバイ」
と言って手を振りました。

元気よく手を振り返してくれる、
と思ったら、

ぺこりとおじぎをしました。

小さな女の子が頭を下げる姿を見て、限界に来ました。

どしゃぶりの雨のように涙が溢れて
止まらなくなりました。

もっと他に言ってあげることがなかったか、

そんな時に限って、何も出てきません。

急に思い立って、
駆けていく少女を追いかけました。

「ちょっと待って!」>>>

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の子は、振り返って、きょとんとしています。

「ちょっとだけ待ってて」

店に入ってきたばかりの、
小さな小さなチューリップの鉢植えを
急いでラッピングして、

メッセージカードに

「はやくげんきになりますように」
とひらがなで書きました。

その時、初めて名前を聞きました。

「みかより」と書き添えました。

「これも一緒にプレゼントしてあげな。
 これは親指姫っていう名前のチューリップやねん。
 かわいいでしょ?」

「うん。ありがとう」

もう一度、さっきより、もっといい顔をしてくれました。

「バイバイ、ありがとうね」

「バイバーイ」

花よりも何よりも、輝くように
明るい笑顔でした。

後日、お母さんと、おばあちゃんと、
みかちゃんが店にやってきました。

わざわざお礼を言いに来て下さったのです。

ピンクのチューリップで花束を注文して下さいました。

「この子はピンクが好きなんです。
 私がオレンジ色が好きなものですから、
 こないだはオレンジ色を選んでくれたみたいで」

みかちゃんは、ただニコニコしています。

花束を本当に嬉しそうに抱えながら、
お母さんとおばあちゃんを交互に見上げています。

「よかったね」

おばあちゃんが頭を撫でます。

お母さんは優しい顔でそんな様子を見ています。

「うん!」

お母さんはきっとお元気になられたのでしょう。

小さなみかちゃんの笑顔は、
今も明るく輝いていることでしょう。

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