日本社会党が、自民党の向こうを張り、
骨もあり、元気もあったころの事件でした。
1960年10月12日、社会党の浅沼委員長が日比谷公会堂で、
演説中に右翼の少年 山口二矢(やまぐちおとや)から、
小刀で殺害されました。
浅沼委員長は、側近から運ばれる途中の踊り場で絶命、
ほぼ即死といっていい状態でした。
取調べに対し17歳の山口は、
若年ながら理路整然と受け答えしていたそうです。
11月2日夜、東京少年鑑別所の単独室で、
白い歯磨き粉を溶いた液で書いた「七生報国 天皇陛下万才」
の文字を監房の壁に残した後自殺しました。
その後、当時の右翼から山口は美化され、
「神」とまで讃えられました。
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