その日は、とても忙しい日でした。
少しの時間も無駄には出来ないのに、そんな日に限って、
スーパーで自転車の鍵を失くしたのです。
慌てて受付に行き、鍵の落とし物がないか尋ねてみましたが、
答えはノーでした。
仕方なく、錠を壊してもらうことにしました。
以前にも鍵を失くしたことのある私は、
てっきり錠を叩いて落としてしまうのだと思ってました。
ところが、ゆっくり歩いてやってきた防犯係のおじさんは、
やることもゆっくりでした。
時間のない私は、少し苛立っていました。
でも、鍵を失くしたのは私のミスです。
「早くしてほしい」の言葉を懐に飲み込んで、
おじさんの様子を見ていました。
時計とおじさんの様子を見比べながら、
私は、イライラを抑えるために、
深呼吸をしました>>>
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見ていると、おじさんは、丁寧に、
錆びついて固くなったネジを一本一本はずしにかかりました。
そして、
「出来るだけ壊さずに取りますから。
そうすれば、また使えます」
ウンウン唸りながら、おじさんは錆びついたネジをはずしていきました。
私は、その時も、
「いえ、壊していいですから」
という言葉を飲み込んでしまいました。
というのも、おじさんの額に吹き出している汗を見たら、
そんなこと言えなくなってしまったのです。
その一生懸命な姿に、私は思わず「フーッ」とため息をもらしました。
あきらめた。ここはもう腹をくくって待つことにしよう。
私は深呼吸と、またそれと同じくらい深いため息によって、気づかされました。
そうなんだ。おじさんは丁寧に仕事をやってくれてるんだ。
「ゆっくり」と「丁寧」とは違う。
おじさんは、この自転車と、利用する私のことを考えて、
丁寧な仕事をしてくれてるんだ。
待つこと30分、やっと錠がはずれました。
「お待たせしました。やっと取れました。
錠を壊せばすむことですが、それではもったいないですから」
そう言って、額の汗をぬぐうおじさんに、
「本当にありがとうございました。お世話になりました」
と、心から感謝の言葉を言えました。
イライラした一日だったのです。
何でもないことに腹を立ててました。
そして、とどめのように帰路で起きたイライラ事件。
でも、おじさんが教えてくれました。
錠をはずす、いわば一番無駄に思える時間、
そこが、一番必要な時間だったのです。
思えば「忙しい」というせかせかした気持は、
自分で自分のことを追い込んでいるようなものです。
最も大切な、人さまの優しさや親切すら
見落としてしまいそうになります。
だから、よく言われるように「忙しい」という字は、
心を亡くすと書くんですね。
帰宅して振り返ったら、忙しいと思ってたことなど、
実は取るに足りないことだった、
そのことにも思い当たりました。
参考本:涙が出るほどいい話 第四集(「小さな親切」運動本部編)