この辺は観光地でもあるから、
毎日昼時はけっこう忙しい。
出前もしている。
そんなとき、一本の注文の電話が鳴った。
「すまんけど、一杯だと配達はしてもらえんやろ?」
私が電話対応をした。
普段から一杯の場合は配達を断っていた。
「あー、すみません。一杯の配達は……」
と言いかけたとき、
「風邪ひいてねー、動けんのよねえ……」
と続けて言った。
私は声を枯らした電話の主を気の毒に思い、
父にその旨を伝えると、少し考え込み「よかよ」と。
ときどき注文をしていた人だったらしい。
二、三年前にご主人を亡くし、一人暮らしをしている
七十後半のおばあちゃんだった。
父が一杯のちゃんぽんを配達したが、とても喜んでいたそうだ。
みんなで「よかったね」と話しながら、
独り暮らしだから、病気をしたときは
大変だろうなあと心配になった。
それから二、三日経って、そんなことがあったことも忘れ、
いつものようにバタバタと忙しい昼時を迎えていた。
ようやくピークを越えて、少し落ち着いたころである。
どんぶりを持った一人のおじさんが
「ごめんください」と、店に入ってきた>>>
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どこか配達した先のお客さんが、
わざわざ持って来てくれたのだろうと思い、
「すみませーん。ありがとうございます。
失礼ですが、お名前は?どちら様でしたっけ?」
と聞くと、
「あのー」
と少し言いづらそうに。それから、
「二、三日前、ちゃんぽんを持って来ていただいた○○です。
この間はありがとうございました。母はとても喜んでいました。
たった一杯なのに、忙しいなか親切に配達していただいたと、
感謝していました。
そのあと母は体調が悪化し、昨日亡くなりました。
最後に食べたのは一杯のちゃんぽんでした。
『おいしい、おいしい』と言っていたので、母はしあわせでした。
ありがとうございました」
そう言うと、深々とおじぎをし、
少し寂しそうに笑って帰って行った。
父と私はきゅーんと切ない気持になった。
「持って行ってよかったね」
と言うと、
「そうだね」
と父。それからは一杯の注文でも、病気がちで一人暮らしの
お年寄りには配達するようにしている。
一杯のちゃんぽんでも、人を幸せにする力があるんだなあと
つくづく思った。