二十代半ばのころ、私はお寿司屋さんで皿洗いのアルバイトをしていました。
積極的にその仕事に就いたわけではありません。
いろいろなバイトをしては失敗し、流れに身を任せていたら、
その仕事にありついただけのことでした。
数々のバイトの失敗は、そのほとんどが人間関係でした。
仕事は人並みにこなしているつもりでしたが、
人間関係がうまく築けません。
社会で人間が生きていくためには、ときとして
「仕事の能力」よりも「社会性」が求められるようです。
他者とうまく交流できないということは、
社会を渡っていくうえで、明らかに不利でした。
「一生懸命やってるのに」という鬱屈を抱えながら、
私は数々のバイトに流れ着いては去ってきました。
このお寿司屋さんでも、私は
「どうせすぐに辞めることになるだろう」
と思いながら働いていました。
そんなある日、ランチタイムが終わった後、
従業員全員が店長の下に呼び集められました。
この日は社員の冬のボーナスの支給日だったのです。
バイトの私も「形だけ」、その輪に合流して、
正社員の板前さんが現金の入った封筒を
受け取るのを見ていました。
全員に封筒を渡し終えた店長が私の名を呼びました。
「え?」
まさか…と思う私に思いがけないことが起きました>>>
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店長が、「これは少ないですが…」と言って、
バイトの私にも封筒を渡してくれたのです。
「N君はしっかり仕事をしてくれているので、
特別ボーナスです」
私はびっくりしました。
入店2ヵ月でボーナスを貰えるバイトなど聞いたことがありません。
うれしかった……。
どんなに報われなくても、
「努力している姿を見てくれている人がどこかにいる」
ということが、私にはうれしかったのです。
中に入っていたのは千円札1枚だけでしたが、後で聞いてみると、
そのお金は会社から出たのではなく、
店長個人の財布から出たことが判りました。
それが、店長からの激励と賞賛の言葉のようで、
私の心に染み入りました。
自分の財布からボーナスを出してくれる人が、
どれくらいいるだろう。
私は「どんな人でも、どこかに必ず理解者がいる」
ということをこのとき初めて知りました。
店長を囲む輪。
みんなボーナスを貰ってニコニコしていましたが、
数ヶ月分の賞与を貰った正社員より、
私が一番ニコニコしていたと思います。