内科、小児科が専門ですが、これは十数年前のある日の夕暮れ時、
病院の待合室で起きた出来事です。
狭い待合室に、患者さんが三人いました。
その中に、学校の先生が二人おられたのです。
一人は五十半ばの女の先生、そしてもう一人は三十過ぎの男の先生です。
そこへ、顔色の悪い女の子を連れたお父さんが、入って来ました。
どうやら、こちらは初めての患者さんのようです。
私は受付のガラス窓から、保険証を受け取り、カルテを作っていました。
ところが、しばらく経った頃、「ウェーッ」という声がしたのです。
急いで顔をあげると、先ほどの女の子が食べていたものを全部吐き出し、
それをちょうど真向かいに座っていた男の先生が、自分の両手で受け止めていたのです。
私は驚いて、声も出ませんでした。
そして、世の中にはこのような人もいるのかという衝撃で、
体中に熱いものが走りました。
それは、勇気などというものではなくて、とっさの場合に出た自然の行為で、
平素から、子供に対して深い愛情を注いでいるに違いない、
この先生の豊かな人間性に他ならないと思ったからです。
私がもし、隣に座っていたら、どうなっていたでしょうか。
おそらく、嘔吐物の激しい臭いに、自分までが「ウェーッ」と
吐きそうになっていたかもしれません。
それとも、「ウワァ―、きたない」と思って、体をそむけたでしょうか。
どちらにしても、考えただけでも恥ずかしくなりそうです。
看護師さんが、急いで雑巾で後始末をされましたが、
もう一人の女の先生は、自分の足元あたりを指さして、
「このあたりまで飛び散っていますよ」と言われただけでした。
この光景は、しばらく私の頭から離れませんでした。
そして何ヶ月か経ったある日のことです。
その日は、待合室が大変混んでいました。風邪がとても流行っていたのです。
玄関には、脱いだ履物が散乱していました。
私は、「ああ、玄関が散らかっているなあ」と思いながら、
そのまま仕事に追われていました。
そこへ、小学校高学年くらいの男の子が入って来ました。
この少年に私はまた驚かされることになります>>>
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男の子は、靴を脱ごうとして、一瞬立ち止まりました。
が、すぐにしゃがみこんで、
玄関に乱れている多くの履物をキチンと揃え始めたのです。
男の子です。
今どき、珍しい子がいるなあと思って、私はびっくりしました。
男の子は履物を揃え終わると、自分の靴を脱いで、私の前まで来て、
保険証を出しました。
差し出された保険証には、何と、数か月前、
他人の嘔吐物を素手で受け止められた先生の名前が書いてあったのです。
やっぱり、この親にして、この子ありなんですね。
私は何とも言えない感動で胸がいっぱいになりました。
この記事は、10数年前の2ちゃんねるの「いい話」掲載文を下敷きにしています。記事の中の嘔吐物を素手で受け取る行為については、今日では感染上の問題もあり、避けるよう医療面・教育現場等で指導されています。
ここでは、その行為を焦点化するのではなく、「とっさの行為」の親と、その子の「自然な行為」の美しさが、ひとつの家庭の中の共通の空気のように存在しているということをお示ししたかった次第です。