ある精神病棟に「緊張型精神分裂病」
と診断された少女がいました。
少女は牢獄のような病室のベッドの上でうずくまり続け、
看護師が運ぶ食事にも手を付けることはありませんでした。
病気は治る見込みがなく、家族からも見放されていました。
しかし、そんな孤独な少女を気にかける女性看護師がいました。
彼女はクッキーが乗った皿をそっと少女の近くに置きました。
「あなたは一人じゃないのよ。
あなたを気にかけている人がいるのよ」
という思いを込めて。
以来、来る日も来る日も、病室に手作りのクッキーを置き続け、
硬く閉ざされた少女の心を、優しくノックし続けました。
それから数ヵ月が過ぎました。
看護師が病室をのぞくと、
ある変化が起きていることに気づきました。
それまで、頑なに手を付けられなかった皿の上のクッキーが、
全部、なくなっていたのです。
看護師は、例えようのない、深い感激に襲われました。
ただ死を待つだけだった少女に、小さな奇跡が起きたのでした。
「ほんとにあなた、よく食べてくれたわね。
私も嬉しいわ」
皿を持って病室を出ようとした時、
看護師の耳に、か細い声が入ってきたのです。
「……ありが……とう…」
看護師はひどく驚き、少女のそばに戻って、
やせ細った体を強く抱きしめました。
少女は激しく泣きじゃくりました。
誰からも見捨てられた孤独な少女の
心の扉が開かれた瞬間でした。
そして、この体験のおかげで少女は、
後に誰もが知る物語の主人公になります……。
あれから10年の歳月が流れました。
かつて少女が入院していた病院の院長室を、
一人の紳士が訪ねてきました。
彼は院長に向かって、深刻な表情でこう言いました。
「娘のことを何とか、お願いできないでしょうか?」
重度の身体障害の子供を持つ男性は、
娘の世話ができる人物を探していたのです。
「いくつか病院をまわったんですが、
すべて断られてしまって……。
やはり無理ですよね……」
表情を暗くしてそうつぶやく男性に、院長はこう言いました。
「お引き受けします」
「え!?」
顔を上げて驚愕する男性。
そして院長は一人の女性を院長室に呼び寄せました。
入ってきたのはサングラスをかけた若い女性。
実は彼女こそ、かつて死を待つばかりだった
あのときの少女でした。
彼女は、かつてとは見違える姿で院長室に登場しました。
「彼女なら間違いないでしょう。まさに適任です」
サングラスの女性は二十歳。
彼女は名乗りました>>>
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「よろしくお願いします。アニー・サリバンと申します」
そう。この女性こそ、わずか1歳にして
光と音のない世界に突き落とされたヘレン・ケラーに、
50年の長きに渡って献身的に付き添い、
家庭教師の代名詞となる、あのサリバン先生でした。
ある日の昼下がりの公園のベンチ。
サリバン先生は、腕を回して言うことを
聞こうとしないヘレンに戸惑いを隠せません。
しかし、サリバン先生は、ヘレン・ケラーに、
常にこう言い聞かせ続けたといいます。
『大丈夫、あなたは一人じゃないの!』
それは自身が生まれ変わるきっかけとなった
あの看護師のメッセージ。
やがてサリバン先生の思いは伝わっていきます。
「ヘレン……?」
サリバン先生はベンチで隣に座る
ヘレン・ケラーに目をやりました。
ヘレン・ケラーはバケツの水の中にそって手を入れ、
小さな声でぎこちなくこうつぶやきました。
「……ウォー…ター……」
飛び上がるような歓喜に襲われるサリバン先生。
「そうよ!『ウォーター』、もう一度言ってごらん!」
「……ウ、ウォー……ター……」
「ヘレン!」
サリバン先生は、ヘレン・ケラーの小さな体を抱きしめました。
限りない慈愛と忍耐を持つサリバン先生。
こうして再び奇跡が起きたのでした。
「奇跡の人」と言えばヘレン・ケラーのことだと思われがちですが、
世界的には「奇跡の人」とは、サリバン先生を指す言葉だとされています。