安室奈美恵さん、2018年の9月ですべての芸能活動から引退をしました。
その少し前に、こんなコメントをしています。
「10代の頃って、30代だともう落ち着いちゃってるのかなって思ってたけど、
実際は、いちばん勢いがある世代なのかなって思うんですよね」
美容的には、やはり10代、20代のように
バリバリの自信を前面に出すわけにはいかないでしょうが、
それでも、
「人からの評価でも『シワ増えたねー』とか、
そういうのを言われるだけでも楽しい」
と前向きです。
今後については、
「このまま楽しく、いい歳の取り方ができればいいなって思うんです」とのこと。
今はいろんなことを振りきって、おとなのいい女、安室奈美恵ですが、
何度も心の折れそうなことに遭遇しました。
とりわけつらかったのは、お母さんがある事件により命を奪われたことでした。
事件については、詳述するのをやめておきます。
1999年、奈美恵さんが22歳のときのことでした。
事件は大きく取り上げられ、テレビでもテロップが流れました。
奈美恵さんは、後日、そのときのことを、
「母の死は私を地獄へ突き落とした。もう何もできなかった」
と語っています。
このときを境いに、奈美恵さんが報道陣の前で涙を見せることは、
一切なくなりました。
最後に涙を見せた奈美恵さんの様子は、こんな感じでした>>>
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奈美恵さんが元夫のSAMさん(この2年前の1997年に結婚)と一緒に、
羽田空港に到着しましたが、マスコミやカメラマン、野次馬に囲まれました。
一人のカメラマンが、奈美恵さんの表情を撮ろうと、
かなりの至近距離でレンズを向けた際には、SAMさんがそれを払い除けました。
奈美恵さんは、はずみで転倒し、その後SAMさんに支えられながら、
声を上げて泣きじゃくりました。
その様子が翌日テレビで報道されたのです。
そして、それを境いに、安室奈美恵が報道陣の前で涙を見せることは、
一切なくなりました。
その後、2005年、UK TIMESのインタビューを受けた時の談話が、
詩のような形で残っています。
母の死や離婚を経験し、悲しみがこめられているものの、
これからの生き方への覚悟を感じさせます。
「おとなのいい女」に向かっていく道しるべのような言葉です。
私はアイドル時代操られている機械だった。
考える時間も権利さえも与えてもらえなかった。
私は反抗し続けた。
私の人気は3年前急落した。
親友さえも安室奈美恵は終わったといった。
メディアに媚を売って人気を回復することは絶対したくない。
1から這い上がってみせる。
ただもう一度歌を歌いたかった。
母の死は私を地獄へ突き落とした。
もう何もできなかった。
けど私も一人の母親なのだ。
息子のために頑張らなきゃいけない。
それが生きがい。
世間は息子を捨てた最低な母親と思っているかもしれない。
メディアもこぞってそう書きたてた。
けれど人がどう思おうと関係ない。
私は息子のため自分のために歌い続ける。
私は自分の決めた道を突き進むだけ。
これからどれだけのファンが待っていてくれるか分からない。
まだまだ手探りの状態だけど私は凄く幸せです。