もう一度、あなたの子供に生まれ変わりたい

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が6歳の頃に父親が再婚して、義母がやってきました。

ある日、父が、
「今日からこの人がお前のお母さんだ」
と言って連れてきたのです。

新しい母親は、僕を本当の子供のように
可愛がってくれました。

家族とか血縁とかまだ分からない頃の僕にとって、
義母が本当の母親でした。

それから何年か経ち、僕が中学生の頃、
今度は、父が事故で帰らぬ人となりました。

父の葬式の席で親族が集まり、
これからの僕たち家族のことで話し合うことになりました。

父の両親(僕から見て祖父母)は既に無く、親戚づきあいも疎遠で、
葬式には父の親族は誰も来ていませんでした。

後から知ったことですが、父は子供の頃に両親を亡くし、
親戚中をたらい回しにされ、
おまけにひどい扱われようだったそうです。

そんな事情もあり、自分が大人になって働きだした父は、
その後、一切、親戚との縁を断っていたようです。

そんな状況から、今後の僕たち親子のことを、
生母、義母側の双方で話をすることになりました。

元々義母の両親は、義母と父との結婚に反対していました。

親としては、娘の結婚相手がコブ付きとなると、
いきおい反対せざるを得なかったことでしょう。

また生みの母の両親は、まだ若い義母のことを考えて、
僕を引き取ると言い出しました。

双方の親の利害が一致して、
僕は生母の家に引き取られると決まりかけた時、
それまで双方の話を聞くだけだった義母が口を開いたのです。

「この子は私の子です。
 たとえ血がつながってなくても私の子供です!」

「お願いですから、この子は私に任せてください」

物腰の柔らかい義母が珍しく語気を荒げたのです。

出会ってから初めて見たそんな義母の姿に、
僕は驚きを覚えました。

最初は、義母の申し出に強く反対していた双方の両親も、
結局、最後には義母の芯の強さに押され、折れる形になりました。

こうして僕は、義母と二人で生活することになったのです。

義母という呼び方は、今の僕の心情からは相応しくありません。

以降、母と書かせてください。

大黒柱の父が死んで、母は必死で働きました。

受験で大変な時期の僕を育てるために
必死で働いてくれたのです。

高校三年の時、僕は家の事情もあり、
進路は就職すると決めていました。

しかし、その話を聞いた母は
「大学に行きなさい」と言いました。

「お金は母さんが何とかするから、
 あんたは大学に行きなさい」

なんで実の息子でもないのに、
そんなに僕に一生懸命なんだろう?

僕は半ば呆れながら、そんな母の言葉が嬉しくて、
思わず泣いてしまいました。

そんな母の言葉に背を押され、
少し遅れて受験勉強。

家の事情を考えると浪人はできないし、
そんな事で母を落胆させたくなかったのです。

元々、勉強は出来るほうじゃないので、
入れた大学も大した大学じゃなかったけど、
それでも合格と聞いた母の、
涙まじりの笑顔は今でも忘れられません。

大学に入りましたが、僕は生活費分くらいは、
自分で何とかしようと決めていました。

高校の時もそうだったけど、
アルバイト三昧の日々で、よく留年しなかったものだと、
今でも不思議に思います。

大学も何とか無事に4年で卒業が出来、
就職も決まり、僕は晴れて社会人になりました。

最初の給与で母にプレゼントを買いました。

さすがに僕のプレゼント(たいしたもんじゃないけど)
にはまいったのか、
ありがとう、ありがとうと言いながら、
泣く姿に、僕も思わずもらい泣き。

ほんと感謝しなきゃならないのは僕の方です。

それからは二人でつつがなく暮らしていましたが、
僕も30の手前で結婚したい相手が出来ました。

最初は僕の結婚を母がどう思うかと思っていましたが、
大喜びで歓迎してくれました。

「あんたもこれで一人前だね」
と言われて照れくさいやら恥ずかしいやら。

最初は一緒に暮らそうと言ったけど、

「お嫁さんに悪いから母さんはここで暮らすよ」
と断られました。

「いやいや母さん、かみさんも賛成してくれてるんだけど・・・」

何度か話はするものの結局、離れて暮らすことに。

結婚して一年経ち、何ということでしょう。
今度は母が倒れたのです>>>

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い大事に至らなかったけど、
今後、同じことがあってもいけないと思い、
半ば強引に同居することにしました。

その間、孫の顔も見せることが出来たし、
かみさんともうまくやってるしで、
本当に幸せそうでした。

それも束の間のこと、先月、そんな母が他界してしまいました。

くも膜下出血で、あっけなく旅立ってしまったのです。

通夜の席で、かみさんが母の話をしてくれました。

正直、僕はこの年になるまで、
母のそれまでの人生を聞いたことが無かったのでした。

かみさんは、母から色々聞いていたらしいです。

母は父と結婚する前に、
子供が生めない身体だと知っていたそうです。

最初はそんなこともあり、結婚を断っていました。

しかし、父はそんな事情を承知で、
「俺たちには子供がいるじゃないか、
 俺の息子の母親になってくれないか」

その言葉に母は涙ながらに承諾。

父も人前を憚らず泣いていたそうです。

母曰く、
「あんなみっともないプロポーズは無かったけど、
 とても嬉しかった」
とのこと。

その話を聞いて、僕はやっと理解できたのでした。

そして言葉にならずに、
涙だけが溢れて仕方がありませんでした。

今までかなり泣いたけど、息が苦しくなるほど
泣いたのは初めてでした。

ぶっきらぼうな父の優しさもそうですが、
父のプロポーズを最後まで、純粋に受け入れた母に、
言葉にできない思いが込み上げてきました。

かみさんも、それを聞いた時は、涙が止まらなかったそうで、
僕に話しながらまた号泣。

子供たちも泣いてる僕たちを見て、
つられて泣きだす始末。

母さん、血はつながっていないけど、
あなたは僕にとって、本当の母さんです。

生みの母には悪いけど、僕にとってあなた以上の母はいません。

親父、そっちで会ったら褒めてやってください。
貴方が選んだ人はとても素晴らしい人でした。

最後に母さん、もし生まれ変われるなら、
またあなたの子供に生まれたい。

今度は、あなたの本当の子供に生まれ変わりたいです。

突然に逝ってしまって、
改まって感謝することが出来なかったけど、
本当にありがとう。

長文、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2ちゃんねる 掲示板(感動実話)より

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