クリス・ハートさんは才能の人?幸運の人?

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リス・ハートさんの歌に魅了される人は多いことでしょう。

このクリス・ハートさん、すごい紙一重の偶然が重なって、
今日の栄光と幸運をつかみました。

いえ、そう言ったら、ハートさんの才能を否定するみたいですが、
そうではなく、まるでサクセスストーリーの主人公のような、
ドラマチックな歩みを重ねてきた人だからなのです。

何といっても、成功のキーポイントは、
妻のヒトミさんとの出会いでした。

ヒトミさんとは、出会ってたった「2週間」で結婚を決めました。

クリス・ハートさんは、13歳の時に茨城県土浦市にホームステイし、
すっかり日本が好きになりました。

その時の滞在も「2週間」でしたが、
その2週間で将来の自分の生き方を決めたのでした。

将来の生き方も、共に生きるパートナーも「2週間」が
ハートさんの決定時間です。

「日本で暮らしたい!」

「できれば日本で大好きな音楽の仕事をしたい!」

アメリカに帰国してからも、
「早く日本に帰りたい」とホームシックになるほど、
日本への思いを募らせていました。

しかし、アメリカでのハートさんの暮らしは、
楽なものではありませんでした。

その後、大学には入学しますが、学費を払えず中退。

スーパーや空港でのアルバイトで汗を流します。

やがてサンフランシスコで警察官になりますが、
担当地区は、毎日殺人事件が起きる悲惨な場所でした。

そんな時にも、ハートさんは、

「日本で暮らす」「音楽をやる」
という二つの夢は忘れませんでした。

仕事の傍ら、日本の歌をバンドで披露するなどの活動を続けていました。

そんな時、たまたまお母さんが勤めていた会社が
日本に進出する話が出てきました。

自動販売機の設置と管理の仕事です。

ハートさんは、一も二もなく、この仕事に申し込みました。

そして採用です。

それだけを頼りに来日しました。

気づいてみたら、「日本で暮らす」という夢が叶っていたのです。

24歳のことでした。

来日以降、生活安定のために、1年間は音楽活動をせず、
一生懸命に働きました。

やがて栄光の階段を踏みあがるための、
かけがえのないパートナー、ヒトミさんとの出会いが待っています。

しかし、この時点ではお二人には、全く何の接点もありません。

クリス・ハートさんとヒトミさんとをつないだ運命の絆、

果たして、二人の出会いを実現させたものは何だったのでしょうか?

ご存じの方は多いことでしょう。

でも、あらためてご覧ください>>>

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しずつ日本の生活に慣れてきたころ、
ハートさんは音楽を再開しました。

練習のために、ユーチューブに
日本の曲を歌う様子を投稿していました。

ハートさんの予想を超えて、その反応はよかったそうです。

ある日、動画サイトを観たあるミュージシャンから
コラボしたい、というメールがきました。

実際に会ってみると、自然に話が盛り上がり、
音楽や夢の話など話題は尽きません。

そのミュージシャンこそ、ヒトミさんだったのです。

とんとん拍子に話が進み、
出会って「2週間」で結婚を決めました。

結婚準備のため、ヒトミさんと連れ立って、
銀座を歩いている時、二人は声をかけられました。

「運命の出会い」というテーマで出演者を探していた
テレビ番組のスタッフでした。

まさしく番組のタイトルにこれほど相応しい人はいない、
ここでも文字通り、「運命の出会い」が待っていたのです。

その番組でインタビューを受けるとともに、
クリス・ハートさんはここで歌を披露したのです。

それがちょっとしたインパクトを呼び、
それがきっかけで、別ののど自慢番組への出演を勧められます。

「のど自慢 ザ!ワールド」という番組でした。

ハートさんは、ここでの選曲や歌い方など細かいアドバイスを
ヒトミさんから受けます。二人三脚の心境でした。

そこで、思いもしなかったまさかの優勝。

そして、それを踏み台に、
ソロ歌手としてのデビューという話が決定しました。

そのデビューの年には、年末の紅白歌合戦への出演となったのです。

どうでしょうか?

クリス・ハートさんの歌声の素晴らしさは誰もが認めるところでしょう。

そんな素晴らしいダイヤの原石を誰も放っておかない、
ということでもありますが、
しかし、原石はただじっと発掘されるのを待っているだけでは、
ただの石ころです。

クリス・ハートさんの強烈な「夢」が人との出会いを呼び込み、
やがて、人の心をとらえ、巻き込んでいったような気がします。

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