子供の頃、家は流行らない商店で貧乏でした。
母がパートに出て、
何とか生活できているような暮らし向きでした。
学校の集金のたびに、
母親がため息をついていたのを覚えています。
別段、小学校、中学校は、何とも思わなかったけど、
高校に入り、進学を考えた頃から、
両親とケンカすることが多くなりました。
私は、大学に進みたかったのです。
美大に入って本格的に絵を描きたい希望がありました。
しかし、進学するのに必要なお金など
どう考えても、我が家では捻出できなかったのです。
毎日、昼のパート、夕方からのパートと
掛け持ちで働き、クタクタになっている母親の姿。
そんな母に向かって、ある日、私はとんでもないことを
言い放ってしまいました。
「何で進学できないんだよ！
子供の進学資金も出せないようじゃ、
親失格だぜ！！」
今思えば、疲れ切った母に向かって、
何という残酷な言葉だったことでしょう。
母は涙ぐみ、何も言いませんでした。
その姿に、ハッと我に返りましたが、
ぶつけようのない悔しさが邪魔をして、
そのまま謝りもしませんでした。
しばらく後になり、
あの時、なぜ謝らなかったのだろうと、
猛烈に悔やむことになりました。
母親が事故で亡くなったのです。
母にあの時のことを謝ることすら
出来なくなってしまいました。
パートの帰りの運転中の事故でした。
交差点に突っ込んで起こした事故で
ブレーキ痕もない状況でした。
過労だと思います。
葬式の後、母の持ち物を整理していて、
日記とも家計簿とも取れるようなノートを見つけました。
食費や光熱費…
私は家計をやりくりしたことなどないけど、
そんな私が見てもギリギリの切り詰めた生活でした。
母が自分のために使ったものなど、
何一つありませんでした。
なのに、私の進学のための貯金がありました。
ギリギリの生活の中で、
本当に数百円の単位で毎月貯金してあったのです。
私が怒鳴った、あの日あたりから、
パートの時間が増えていました。
後で判ったことですが、
パートの勤務時間を頼み込んで増やしていたようです。
増えた分はすべて貯金……
私はバカだった！！
自分のことだけだった！！
思えば、母の笑った顔を見たのはいつだったろう？
私は何一つ親孝行などしていない…
母がいなくなってから、後悔の連続でした。
何の優しさも母にお返ししていない私。
それなのになぜあれほど酷いことを言ったのか。
そして、なぜ素直にすぐ謝れなかったのか。
「謝りたい」
心から母に謝りたかったのです。
そんなある日、すごくリアルな母の夢を見ました。
夢の中の母は、居間で座っていました。
母を見つけた私は、泣きながら謝りました。
「何もしてやれないで、
それなのに、酷いことを言ってごめん」と。
本当に子供のように泣きじゃくりました。
そうすると母は…＞＞＞
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母は、私の手を握り、そして言いました。
「謝らなくてはいけないのは、お母さんだからね。
ごめんね。あなたが気に病むと、私が悲しいからね。
お母さんは、大丈夫だよ」
それを聞いて、私はますます声を上げて泣きました。
目覚めて起きた時には、枕まですっかり濡らしていました。
そして手には、はっきりと母の手の感触が残っていました。
それだけなら、リアルな夢で終わっていたのですが、
その夢を見た朝、父もまた母の夢を見たと言うのです。
私のことをよろしく、と母が言ったそうです。
父が、私に直接会って話をしたら…と母に言ったら、
「もう会ってきました」と言ったそうです。
後悔の念が見せた夢で、
偶然、父の夢とも符合していたのかもしれません。
でも、私の心の中には、
夢であれ、母に謝ることが出来て良かった
という安堵感が残ったのは確かです。
結局、私は大学には行けませんでした。
今は普通の会社員ですが、
暇を見つけては絵を描いて、
描き上がった絵は、仏壇の前に飾っています。
絵を好きになったのは…
美大に行きたかったのは…
子供の頃、「上手に描けたね」と言ってくれた
母のひと言がきっかけだったのです。