「いっぱい出てすっきりしたね」
Sさんも満足そうに「うん」と答えました。
Sさんは80歳を超えた女性ですが、戦災孤児だったそうです。
相当苦労されたそうです。
娘さんが一人いらっしゃいますが、
その娘さんも自分の子ではありません。
Sさん、まだら模様の認知症で、時々思い出の中で遊びます。
すっきり顔のSさんは、ベッドに腰掛けて、
陽子さんに「ここおいで」と声をかけました。
そばに来た陽子さんを、Sさんは胸にギューと抱いて、
「いい子、いい子」と頭を撫でました。
Sさんの妄想がスイッチオンになったようです。
Sさんが言いました。
「あんたは捨てられたんじゃないんよ。
うちのとこに来る運命じゃったん」
陽子さんは、ただじっとされるままにしていました。
「うちがお母さんじゃけえ。辛いことは半分こじゃけえね。
うちが守るけえ」
陽子さんは、娘さんになりきって言いました。
「うん!お母さん、ありがとう!」
Sさんの目に涙がいっぱいにたまります。
「やっとお母さんて呼んでくれたね。
あんたは幸せになるんよ」
持ち場に帰った陽子さんも、
もらい泣きを職場の皆に気づかれないよう、
顔を洗って、パンパンと頬をたたきました。
ある時、陽子さんはSさんの子供の頃のことを
聞いてみようと思いました。
その話に、陽子さんは胸がジーンとしました>>>
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陽子さん「Sさん、ご機嫌はどうかしら?」
Sさん「Sさん? お母さんじゃろ?」
陽子さん「あ、お母さん、ごめんごめん。
お母さんさぁ、小さい頃、寂しくなかった?」
Sさん「ふふ…、忘れてしもうた」
陽子さん「忘れられるん?」
Sさん「大丈夫、人間、ええようにできとるけぇ」
陽子さん「今、寂しくない?」
Sさん「寂しゅうないよ。あんたがおるけえね。
人生は思うより、ええようにできとるよ」
またSさんの胸に抱かれながら、
陽子さんは温かいなあと思いました。