高校生の時は、新聞配達のほかにも、いろんなアルバイトをやった。
西銀座のデパートで、窓と床とお便所をきれいにして、1日340円。
封筒の宛名書きをやって、1日240円。
錆付いた鉄板を磨く仕事が一番高くて、1日400円。
賄いを目当てに、飲食店出前のバイトもやった。
ある日、自転車に乗って、出前をして帰る途中、
新宿の交差点で信号待ちしてたらさ、
「お前、何しやがんだ!」って、おじさんが顔を真っ赤にして、
ボクに近づいてきたんだよ。
「何って、なんなんですか?」
「なんなんですかじゃねぇだろう。ここを見てみろ!」
おじさんの車に横線が入っていたの。
ピッカピカの新車に長いひっかき傷が1本。
ボク知らないうちに自転車の荷台に載っている、
アルミ箱の角かなんかで、ひっかいちゃったみたいで…。
「お前が働いている店はどこだ?店の名前を言え!」
さて、困ったことになりました。事態は思わぬ方向に>>>
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「お前が働いている店はどこだ?店の名前を言え!」
「言わないよ。ボク」
「言わないよじゃないだろ!言えよ!すぐに店に連絡しろ!」
店の名前、店の名前って言うから、ボクは言ったんだ。
「おじさん、ボクはアルバイトなの、1日230円。
店のおじさん、いい人だから、
ボクの代わりに払ってくれると思うけど、
小さな店だし、そんな大金払ったら大変なことになっちゃうよ。
おカミさん泣いちゃうよ。だから店の名前は言えない」
「お前のウチは?」
「ウチにお金が無いからアルバイトをしてるの。
おじさん、無茶なこと言わないでよ。
ウチの親から取ろうとしてるんでしょ。
親が困らないように、ボクがアルバイトしてるのに」
『インチキはダメだ。絶対に逃げないぞ』
とボクは思った。
「おじさん、ボクをおじさんの会社まで連れて行って、
その分だけ働かせるのが一番いい方法だと思うんだよ。
どれだけでも働くから、おじさんの車のあとを、
自転車で追いかけてついて行くからさ」
そしたらさ、おじさんが急に
「君の言ってることが正しいな。僕の言ってることが間違ってた」って…。
「僕も君みたいにアルバイトして、頑張った頃があって、
今、車を買えるようになったんだ。そのことを思い出した。
学校を卒業したら僕の会社においで。
ごめんな…」
おじさん、涙をためて「さよなら」って、
名刺を1枚残して去って行ったの。
ボク、おじさんの背中を見ながら泣いたよ。
ボロボロ泣いたよ。
ところがさ、ボク貰った名刺を失くしちゃって、
いつか恩返ししようと思ってたのに、失くしちゃって。
俺ってどういう人間なんだろうかと、自分を疑っちゃったよ。
それでテレビに出られるようになってから、
いろんな番組でその話をして、
活字でも言い続けたんだけど、おじさんからの連絡はなし。
昭和62年になって、ボクがテレビをやめようとした時になって、
やっと手紙が来たんだ。
「テレビや雑誌で、あなたが私のことを言ってくれていることは
知っていました。でもあなたが懸命に働いている時に、
名乗り出るのはイヤでした。
あなたがお休みすると聞いたので、手紙を書きました。
ゆっくり休んで下さい」
すっごいでかい会社の社長さんだった。
「ボクが間違っていた」と言える人ってかっこいい。
そういうカッコいい人って、社長になっちゃうんだよね。
萩本欽一