あるご夫婦がライトバンのレンタカーを借りて、
佐賀県から大分県の佐伯(さいき)市を目指して出かけました。
佐伯市からは、夜11時に四国行きのフェリーが出ていたからです。
有料道路も整備されていなかった時代なので、
十分な時間の余裕をもって出かけたつもりでした。
でも迷いに迷ってしまい、
大分の湯布院に着いたときは夜の9時になっていました。
ご主人は、これでは間に合わないと焦って、
大分南警察署に飛び込み、佐伯までの近道を聞きました。
警察官は、
「我々、大分の慣れた人間でも
佐伯までは距離があり、山道で複雑なので
道に迷ったり、事故にあうかもしれません。
今晩はあきらめて、ゆっくりここへ泊り、
明日出かけたらどうですか?」
とアドバイスしました。
しかし、ご主人はこう言いました。
「それはできません。
実は私たちの19歳になる娘が、
高知県でウィンドサーフィンをやっている最中に
溺れて亡くなったという報せを今日受けたのです。
生きた娘に会いに行くのなら
明日でもいいのですが、
死んでしまった娘ですから
急いで駆けつけてやりたいのです」
と正直に事情を話しました。
それを聞いた警察官は、
「そういうことなら、全力をあげて
何とか努力だけはしましょう」
と言いました。
そしてすぐにフェリーの会社に電話をし、
事情を説明して出港を待って欲しいと頼みましたが、
「公共の乗り物でもあるし、
キャンセル待ちが何台もあり、難しい…
とにかく10時半までには来て下さい」
と断られました。
そんなやりとりをしている間、
もう1人の警察官がある行動を起こしました。
規則とかマニュアルには無いことです>>>
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もう1人の警察官は署長に了解をとり、
車庫のシャッターを開け、
しまってあったパトカーを出してきたのです。
そして赤色灯をつけ
レンタカーの前にぴったりつけ、
「今からこの車をパトカーで先導します。
このレンタカーの運転も、
ベテランの警察官が運転しますので、
ご夫婦は後ろの席にかわって下さい」
と言いました。
そして、ものすごいスピードで
大分市内まで降りてきて、
「我々はここから先は送れませんが、
とにかくこの10号線をまっすぐに
南に下って下さい。
そうしたら佐伯に必ず出られます。
どうか頑張って、お気をつけて
運転してください」
そう言って、敬礼をして戻っていきました。
佐伯に着くと、警察官の再三再四の要請に
船会社も動いてくれ、
一台分のキャンセル待ちのスペースを空けて
待っていました。
そしてフェリーに何とか乗ることができ、
娘さんの遺体を収容して
帰ってくることができたといいます。
娘さんを亡くされたご夫婦は、
その後、何日間かはあまりの悲しみで
呆然とし、何もできませんでした。
しばらくして気持も落ち着き、
「あの時、もし船に間に合わなかったら
どんな気持で一日待っただろうか…」
そう思うと、いても立ってもいられなくなり
大分南警察署にお礼の手紙を出しました。
そして、その手紙で皆の知るところとなったのでした。
そのときの若い警察官は表彰され、こう言ったそうです。
「我々だけじゃないと思いますが、
人と人との出会いは損か得かじゃありません。
損か得かだったら
こういうことは一歩も進みませんから」